orangestarの雑記

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物語の展開には1パターンしかない_物語の作り方(下書き2)

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これ物語の作り方(下書き) - orangestarの雑記をちゃんと書くときの内容として考えていたことだけど、何時になるかわからないし、とりあえず書いとかないとと思ったのでドラフト的に書いておく


おそらく元の記事は、タイプ分析と言うよりは、最初に構成によって分類して、その構成の違いによる“好かれ具合”の違いを機械分析で調べた、ということなのだろう。タイトルが悪い。今から話すのはだから、元の記事とは違う、概念の話。


物語の展開には1パターンしかない。

  • 因果関係がある。
    • これは三幕構成、悲劇喜劇分類よりももっと根っこの話。

物語と呪術。物語を考える前に、人間の仕様を考えなければならない。

  • 人間は、物事に“因果関係”“相関関係”を求めるように進化した。興味を持っていること、気になっていること身の回りのことに、因果関係や相関関係、なんらかの理由がなければ落ち着かない、不快になるように設計されている。(これは人間以前の猿、鶏レベルでも同じような仕様になっている)
  • まったく独立の出来事でも連続して起これば、そこに“因果”をみる。
  • また、同じように見える似たものがあれば、そこに“関係性”をみる。よく似ているものはお互いに影響を及ぼす
  • レヴィストロースフレイザー*1が、未開の部族の呪術を研究して、“感染呪術”“類感呪術”と呼んだもの。
    • 感染呪術は、その人の一部はその人に影響を及ぼすというもの。対象の髪の毛を使って、ポーチとかの裏に縫いこんでおくと恋が叶うとかも、そういうおまじない。
    • 類感呪術は、呪いの藁人形のようなもの。人間をかたどって、それにダメージを与えることによって相手にダメージを与えることを期待する。
    • アイドルのグッズ、恋人からの贈り物。そういうものも広い意味での呪術グッズ。
  • 未開の部族だけでなく現代人も立派に持っている。というか、それがないと何も始まらない。
  • “科学”は、その“呪術的思考”の精度を上げたもの。
  • 実験、記録、予測、理論の演繹、帰納などを使って、現象の始まりと終わりの確かさを確認したもの。
  • “科学的思考”と“呪術的思考”は対立するものではなく、“科学的思考”は“呪術的思考”の一部
  • ダーウィンの進化論も、フェフナーの大陸移動説も“似ているものは関係性がある、影響を及ぼす”という、そういう因果関係を求める本能がなければ、思いつかなかっただろう。

物語は呪術だ。

  • よく、まとめに上がっている~~~は~~~のパクリ、とかいう比較の表がある。
  • 要素と、あらすじをまとめて、“ほら!そっくり!”っていうやつ。
  • それはその人にとってはそっくりに見えるのだろう
  • かぐや姫とブリーチとワンピースとうしおととらを物語で分ける際
    • かぐや姫とブリーチとワンピースが同じ話でうしおととらが違う物語だとする人がいる
      • 前者が貴種流離譚で、うしおととらは個人が成長する話だから
    • かぐや姫が別のはなしで、他が全部同じとする人がいる
      • かぐや姫がバットエンドで、それ以外が(おそらく)ハッピーエンドだから
    • かぐや姫とうしおととらが別の話で、ブリーチとワンピースがちがうという人がいる
      • 前者が怪異譚で、後者が超人の話だから
    • かぐや姫とそれ以外が分ける人がいる
      • かぐや姫以外はバトルものだから
    • ブリーチとうしおととらが同じで、ほかはバラバラだという人がいる
      • ブリーチとうしおととらのみ、バディものである
    • 全部同じに見せる人がいる
      • 全部、おとぎ話、ファンタジーである
  • 実は人によって、物語の分類の種類、数は、異なってくる
  • 物語の種類、分類は、“その人が認識できる因果関係、相関関係の数しかない”

プロットとはなにか

  • 『ハンサムスーツ』っていう話がある
  • あらすじ:ブサイクが、ハンサムスーツを着て、イケメンになるけれども、イケメンになってブイブイいわすけれども、その中で、本当に人にとって大切なものは、外見ではなく中身だ、ということに気づき、美人とブスの仲良くなった女の子のふたりのうち、ブスの女の子を選ぶ。けれども実は、そのブスの女の子は、ブズスーツを着た美女で、見事、主人公のブサイクは、美人の彼女を手に入れる。
  • このおはなし。厳密に考えると因果関係が破綻していることに気がついただろうか
    • 外見よりも中身の方が価値がある、と気付いたのに、最後に手に入るのが美人
  • アンデルセン童話に、『くさったリンゴと金貨』っていう話がある
    • くわしい話は、ググって読んでもらった方がいいけれども、要約すると、
    • 人がいいけれども、人がいいせいで損ばかりしている男とその妻がいました。家に一匹いる馬を何かにとりかえようとして出かけましたが、色々なものと交換していくうちに、結局タルいっぱいの腐ったリンゴになってしまいました。それを見た金持ちが、「そんなのを持って帰ったらお前の嫁超怒るぞ」「そんなことないよ。キスしてくれるよ」「まっさかー!もしそうだったらこのタルいっぱいの金貨やるよwww」で、家に帰ってみると、嫁から「今日、となりの家にいったら、お前の家にやるものは腐ったリンゴ一個ないよ、といわれたのだけれども、今、ここにはタルいっぱいのそれがある、こんなにうれしいことはないよ」と言って夫にキスを。で、それをみた金持ちは「なんて気持ちのいい連中だろう」といって、タルいっぱいの金貨をくれました。という、お話なのだけれども。
    • このおはなし。途中までの教訓は、お金などの物質的な豊かさよりも心の豊かさの方が大事、というお話なのに、最後に得られるものが、別のものになっている。
  • 笠地蔵。お話は略。
  • この3つのお話は、「やさしい心や思いやりは、とても価値がある」という“物語”だと読む人がいる。
    • だけれども、ハンサムスーツとくさったリンゴの話は、その“因果関係”が破綻していると読む人もいるだろう。
  • その人の中で認識されている因果関係の限界によって、物語の認識の限界がある。そして、物語の種類とは、その因果関係の種類に他ならない。
  • 「最近のラノベはみんな同じ」と言っている人、その人の中には、認識できる因果関係が少ししかないのだろう。
    • それはその人の現実認識の仕方にもかかわってくるけれども、横道なのでそれは。

プロットとは因果関係を整理すること

  • 物語にならなさそうな話、おてて絵本的な話にも人は物語を見出すことができる。
  • 「パンダがササを食べました。サンショウウオがカエルを食べました」
    • この何の関係も、時間的連続もない出来事の羅列だけれども、“関連性”を考えると、物語が出てきてしまう。
    • パンダとササは、動物と植物。サンショウウオとカエルは、同じ両生類。同じパンダの仲間の熊は、人間も食べるし、他の熊の小熊を食べることもある。
    • このことを知っているだけで「パンダがササを食べました。サンショウウオがカエルを食べました」という一文は“物語”になる。

桃太郎には無限の“因果関係がある”

  • なぜ、「おじいさんとおばあさんは桃太郎の前に子供をもたなかったのか」
  • なぜ、「おじいさんとおばあさんは桃太郎を拾ったのか」
  • なぜ、「桃太郎は鬼を退治しに行くことに決めたのか」
    • こういうなぜ?を考えて、それに対して、因果関係のある出来事を物語の中に挿入することがプロットであり、複線を入れて、回収するっていうこと

物語における基本の因果関係は4つしかない

  • 悪い行いが悪い結果をもたらす
  • いい行いがいい結果をもたらす
  • 悪い行いが悪い結果をもたらさない
  • いい行いがいい結果をもたらさない
    • 上二つが、“気持ちいい物語”で、下二つが“不快な物語”
    • それは、上二つは“因果”が完結して下二つでは“因果”が完結しないから。
  • これを、一つの長い物語中で、いくつも組み合わせて行って、全体を作る感じ。
  • ただ、それがどう見えるかは、結局“物語の受け手”の中の“認識できる物語の数”によってしまう。
    • 備考:腐ったリンゴの話やハンサムスーツの話不快に思う人は“いい行いがいい結果をもたらさない”という風に物語の因果関係を認識するから。報酬として、価値のないものが支払われている。また、“いい行いがいい結果をもたらす”として、いい話、気持ちのいい話として認識する人もいる。それは、“お金や美しいというものを素直に報酬として”認識しているから。どっちが間違いというわけでもない。それは、個人の認識の話なので。

人が認識する因果関係に科学的な正しさは残念ながら必要ない:感情の収支

  • 感情の収支があっていればいい
    • ヤンキーが昔はいじめをしていたけれども、今は更生して学校の先生になって、弱った生徒たちの為に頑張っている話。
  • 「感情の収支」という概念は結構重要なので、また今度ちゃんと書きます。今ここで書くには長すぎる。

そういう物語の因果関係の例外事項

  • 恋愛とホラー
    • (あと暴力も
  • 因果関係と同じくらい根っこの深いところに根ざしているものなので、因果関係にかかわる快不快、合致の影響をあまり受けない、男女がハッピーエンドになればすべて許されるし、死んだら悲しい。お化けは存在してるだけで怖い。物語作劇のカレー粉のようなもの。緻密に組み立てていたものが一瞬にして瓦解してそれ一色になる危険な武器。
    • HUNTER×HUNTERキメラ編は、その破壊力をうまく使いながらも、全部を綺麗にたたみこんで、やっぱり天才だと思った。
  • 本能、ということで、同じように、食欲、性欲(恋愛に含む?)も物語の例外事項になりえるけれども、まあ、それは…。

物語りはいつ物語になるか

  • 料理が、人に食べられて初めて料理になるように。
  • 人に読まれて、その人の中で認識されて、因果関係が構築された時。

もちろん、このエントリも、その認識によって書かれた一つの“物語”なので

あんまり真に受けないでね。そんじゃーね!