orangestarの雑記

小島アジコの漫画や日記や仕事情報など

映画ドラえもんのび太と空の理想郷と映画による洗脳の手法について(ネタバレ感想があります)

ということで書きます。



映画ドラえもん、のび太と空の理想郷、見た。2回見た。子供をそれぞれ別に連れていくということになったので。で、空の理想郷。自分には微妙な出来だった。そしてその理由は全て受け手である自分に問題がある。自分の中の『理想郷』『ユートピア』『地上の楽園』についてのミームが汚染されており、それによって、ちゃんと映画自身と向き合えないというのが自分が楽しめない理由であるので、これから書くのび太と空の理想郷批評は、そこらへんに対してミーム汚染されてない人間は読む必要がない、というかむしろ有害である。

新恐竜の時とは違い、これは、もう、映画に対してのいちゃもんに近いものである。でも、まあ、思ったことを書く権利は誰にでもあるし、やっぱりどこかで吐き出しておきたい。

この記事を読む目安として、『幸福の科学』が作った映画、子安武人がヒーローの役を演じている映画を一つも見たことがない、という人間は、この記事を読まないでよい。というか読まないで欲しい。世の中にはしらないでいい映画や、情報というものがたくさんある。*1

良いですか?それでは始めます。



空の理想郷、と幸福の科学映画

ドラえもん のび太の空の理想郷 は、幸福の科学の作る一連の宗教映画の構成要素とリンクしている部分が多く、また、物語の演出が非常に似通っている。
と、その前に、以前のび太の新恐竜の時と同じように詳細なあらすじを書こうと思います。そうしないとどこでどうまずいのかがわからないですからね。

あらすじ

  • 冒頭、タイムパトロールが三日月形の構造物(パラトピア)を追い詰めるが逃げられる。*2
  • 出木杉がトマスモアのユートピアの本を持ってきて、のび太にユートピアの話をする。
  • のび太、ユートピアが優等生ばかりだと聞いてユートピアに行きたい!と考える。
  • ドラえもんは古い道具をリサイクルに出す。リサイクルゴミ袋*3
  • なんやかんやあって裏山でごろ寝してたら空に浮かぶ三日月型の島を発見。一瞬で消えるがあれがユートピアだと確信。また、その時、やけになれなれしい青いカブトムシが付きまとうけれども、やあ、ってあっちにやる。
  • のび太、ドラえもんと過去の新聞記事を基にドラえもんがローンで買った時空移動飛行船(タイムツェッペリン)で時間移動。例のごとく残りの三人もついてくる。
  • おまけでもらった個人用飛行機で探索するも新聞記事に会った三日月は全部飛行船や雲で目当てのものは見つからず。
  • 夜になり、明日には帰ろう、としたときに、偶然光り輝く三日月形の空に浮かぶ島を発見する。
  • その島に向かうが何者か(ソーニャ)に攻撃を受け、飛行船が大破。全員気を失う。
  • 目が覚めたら朝。5人は記憶を読まれ、危険性がないと判断されたので、この理想郷のような島『パラトピア』で暮らす許可をこの島を統治している三賢人にもらう(三賢人の容姿は金髪碧眼でギリシャの神様を想起させる
  • ドラえもんとのび太がソーニャと仲良くなる。
  • 5人はバッチをつけ、この島の学校で優等生になる授業を受ける。ジャイアンとスネ夫は乱暴さやずるさをなくしてとても『優等生』になる。「のび太くん。大丈夫ですよ。落ち着いてすればかならずできます」(←ここらへんのジャイアン無茶苦茶怖い。すげー怖い映画だと思う。よくできてる)しかし、のび太はダメダメのまま。優等生になると満月になるというバッチも三日月の形のまま。
  • その時、島に侵入者が。対象を虫にしてしまう銃を持ち、三賢人にあと一歩というところまで迫るが、偶然起きてきたのび太に発見されのび太の射撃で逆に虫にされてしまう。のび太に銃を持たせるな。
  • しかし、実はその侵入者(マリンバ)はパラトピアにとらわれたハンナという女の子を助けるために潜入した賞金稼ぎだった。ドラえもんの道具で中途半端な虫人間に戻ったマリンバ。そして、このパラトピアは理想郷ではなく、天井から降り注ぐ光線によって住人を三賢人に従うように洗脳しているディストピアだということが明かされる。優等生というのは、三賢人にとって優等生だということだった。
  • 何とか脱出を試みるドラえもんとのび太たち。(ここの脱出のシークエンスがすごくかっこいいんだ。これにも一つ混ぜてある。やるな、ブライト、なんだ)
  • 逃げ出すのに成功するが、タイムトンネルの中で飛行機の電池が切れ(電池がきれるのすごい好き)飛行機を撃墜されてソーニャたちにつかまってしまう。
  • 目が覚めると三賢人の前にいるのび太とドラえもん。説明によると、なかなかライトの効果が表れないのび太を研究することによって、この島の住人を洗脳していたパララピアンライトを大幅にパワーアップ。スーパーパララピアンライトにすることに成功したということらしい。そして、そのライトを使って、全世界をこのパラトピアと同じような社会に改良するということを宣言する。まず手始めにのび太の住んでる町から。(ここののび太の町が最初に、というのの理由付けもうまい、全体的に今回の脚本はこういう『素晴らしいシチュエーション』と『そのための理由付け』が本当にうまい)
  • ドラえもん、三賢人と三賢人レスバ
  • パララピアンライトの手始めに。ということで、スーパーパララピアンライトをのび太に。のび太、光のない目になって、洗脳された状態でドラえもんを虫に…しようとするがギリギリで正気に戻る。しかしドラえもんはソーニャの手によって虫にされ、パラトピアの外に放り出されてしまう。
  • のび太と三賢人レスバ*4
  • 三賢人レスバに負ける
  • ソーニャ三賢人を裏切る
  • レスバに負けた三賢人、ジャイアンスネ夫しずかをつかってのび太を虫にしようとするがなぜか三人正気に戻り洗脳度を測る機械も壊れる。理由の説明なし*5
  • 追い詰められた三賢人、実はロボットで、黒幕のレイ博士が出てくる。レイ博士は老いた醜い老人の姿。三賢人と対照的。
  • レイ博士、のび太とレスバをしようとするが話してる隙にマリンバがエネルギー源を爆破するわ、手錠を持って捕まえに来るわでもう無茶苦茶。マリンバ、本当に自由だな。こいつ悪役だったら絶対変身中に攻撃してくるタイプ。*6
  • 追い詰められたレイ博士。パラトピアの自爆スイッチを押して逃亡。
  • ソーニャ、落下するパラトピアを少しでも何とかするために頑張る。のび太たち、洗脳された人たちを連れて飛行船で島を脱出。
  • 時間ギミックで、丁度自分たちが飛行船で旅を始めるちょっと前に転移してることに気づく。昆虫にされたドラえもんを見つけてドラえもんを元に戻す。
  • 落下するパラトピアを、冒頭で出てきた四次元ゴミ袋の中に入れて爆発を一度は防ぐが、結局中で熱暴走を起こして爆発は防げそうにない。
  • ソーニャ、四次元ゴミ袋を支えているドラえもんたち5人のタケコプターを狙撃して落として彼らを巻き込まないようにする。一人でゴミ袋を抱え、空中でゴミ袋もろとも爆発する。
  • 後日、消沈してる彼ら、裏山である部品を見つける、それはソーニャのメモリーだった。
  • 未来のどこかでこもりロボットとして活動しているソーニャがエンドロールで流れる。

というあらすじです。細部違ってるかもしれないけれども大体あってると思う。
赤字で書いた部分が、あ、これ、まずいな。って思った部分。
具体的な場所はそこですけれども、全体的なパラトピアをめぐる演出、およびパラトピアをめぐる設定がちょっとまずいな、と自分は思った。
この映画には明確なメッセージがあって、それは「心をなくすのはよくないこと、自分の心に従って生きよう」ということ。そして、それに反することが徹底的に間違ってること、つまり悪、として描かれている。これも、自分にとってはすごく引っかかるところだった。このメッセージが間違っているということではなく、この「メッセージを押しつけて」「この映画を見た後は、そのメッセージが正しいんだ」という思想強化される。これは、後述する宗教映画と非常に似通っている。また、メッセージの伝え方の演出も、非常に宗教映画の演出っぽく(多分誰かに強くメッセージを伝える*7というと似通った演出になるんだと思う)そこもすごい引っかかった。

宗教映画の大体の構成。

人を特定の思想に誘導する宗教映画。そのアニメ、いくつかあるのだけれども大体は似通った構成になっている。

  • 大気汚染や自然破壊をしたり、差別をしたり、他人に無関心であったりする世の中の良くないところが描かれる。
  • それを推進してる人物がいて、その人物は一般市民を操っている。
  • 主人公がその人物や社会に疑問を持つ。
  • 主人公の前にメンターが現れる。
  • メンターは超能力を使い、そういう操られた人たちから襲われた主人公を助ける、または操られた人たちをすくう。
  • 主人公は、メンターの師、その現実の社会に対して真の社会を作ろうとするリーダーに会う。
  • 普通社会を操ってる人物が現れ、リーダーに戦いを挑む。
  • 操っている人物は本性を現し、醜い体になり、超能力で襲ってくる。
  • リーダーも真の姿を現し、怪物を倒す。
  • リーダーのもとで真のみんなが平和で優しく暮らせる素晴らしい社会を作っていきましょうね。
  • お終い。

というような構成になっています。
また、時々、リーダーと同じように導く存在が出てくるのですが、それは大体金髪碧眼でギリシャ神話の神様のような御姿をしています。

なんとなく…。今回のドラえもん映画に似てるところがありませんか…。全体の構成は違っても、要所要所で行われる演出、構造がよく似てると自分は感じてしまいました。

演出の似ている個所について

演出の似ている個所といえば。まず、

  • 最初に良くない現実社会が描かれる→それに対して理想的なパラトピア社会、その社会は金髪碧眼の三賢人に導かれ、争いもない。
  • 敵がレスバに負けると醜い姿を現して攻撃してくる(三賢人→レイ博士)

特に三賢人→レイ博士でスイッチするところは『醜くなる』というところを意図的に行っていると思います。話の構造上、マリンバが追っているのが最初から三賢人で正体も特に設定しなくても話が成り立つからです。黒幕に『醜い怪物』がいるということにすることを演出として選んだということです。なぜ、黒幕が美しい存在から怪物に変わるのか。それは、今までお前が素晴らしいと思っていた社会はこんなに醜いものだったんだ、というメッセージを送るため。その映画の教義を強く印象付けるためという効果があるからです。
また、三賢人が金髪碧眼をしてるということ。美しさの象徴としてコレを選んだということだと思います。美しさの象徴として金髪碧眼を選ぶという考えが今のポリコレ的にまずいのですが、それがこの映画の中では二重構造になっていて、そのような象徴を作ることによって理想郷を演出する敵、という敵の卑近さを際立たせる効果もある…のかなあ。ただ、理想郷の導き手としてそういうキャラクターが出てくるのがすごく宗教映画とも酷似していて、そこらへんも引っかかりポイントでした。
ただ、メッセージを伝えるとき、美少女やイケメンの話は信じるのに、醜いひとの話はあまり説得力が得られないというのは皆さん体感してると思います。人間のバグ。

この映画の中に価値観の転換が存在しない

ディストピア映画、ユートピア映画に付き物なのが、『価値観の転換』です。「今まで生きていた社会は間違いなのかもしれない」「今まで自分が正しいと信じていたことがあやまりだったのかもしれない」そういう価値観が転換する、世界がひっくり返る感覚というのが大体のディストピア映画にはあります。
それが、この空の理想郷にはない。それは、規定社会で日常を送るというドラえもんというコンテンツ的に難しい*8とは思うしだからこうせざるを得なかったのだろうけれども。そして、それはおそらくかなり意図的に非常に丁寧に調整していて、価値の転換が起こらないようにされている。

まず、冒頭でタイムパトロールがパラトピアを追い詰める。ここで視聴者はパラトピアが悪者、だとすでに知ってしまう。その後のパラトピアで、いくらすばらしい社会を演出されても、「でもこいつら…きっと…」と素直に受け取れない状態で、心のきれいなジャイアンをお出しされて、「やっぱり個性をなくすのは駄目なんだ!こういうことをすると”こころ”がなくなるんだ!”こころ”は大事なんだ!」と思うようになる。作品のメッセージを受け取る。これは、別の目線で見ると『映画による洗脳の手法(価値観の刷り込み)』なんだけれども、それに対して一切の『それは間違ってるかもしれないよ』という違和感すら感じさせない。前述した敵が最後みにくい化け物に変わるところも含めて、人間の認識バグをつかって『正しい』を刷り込んできます。ディストピアをテーマにした作品だったら『もしかしたらこの世界も誰かに操られてるのかもしれない』や『あの操られる世界ももしかしたらそんなに悪くないかもしれない』くらいの世界への認識の拡張も入れてほしかった…と思いました。ここら辺は本当に個人的な好みなので、どうでもいいところですけれども。

多分、理想郷(洗脳によって作られる理想郷)をテーマにしていない映画だったら、こういう演出やメッセージの押しつけ、『答え、真実は一つ!』があっても気にならなかったと思います。ただ、テーマがテーマだけに、この映画はちょっとどうなんだろう、と思ってしまいました。
また、理想郷がなぜ駄目なのか、の理由に「自分の心がなくなるから」ということの一点のみで突破してましたが、こういう『理想郷』『地上の楽園』『新世界』は現実に存在していて、そしてそこでは「自分の心がなくなるから」以上の問題が発生しています。そこを描くことは難しかったとは思うけれども、理想郷をテーマにして、そこでの洗脳の様子も描くんだったら、こういうのを書かないのは誠意がないというか、逃げというか…。でも自分が同じ立場でも同じことをするし…、とも思うので、まあ、もにょった。

よかったところ

ソーニャ

ソーニャがとてもよかった。どうやって自分の意志に従って行動するようになり、成長して、そして決断するのか、が本当に綺麗に丁寧に描かれていて、そしてあのラストなので。オチとしてあのままかえらぬ猫になってしまうのが美しいのだろうけれども、歳をとって辛いのに耐えられなくなったのか、あのハッピーエンドは本当によかった。あと、向こうの世界で遊んでる子供たちがなんとなくのび太に似てるのが個人的にもなんか好きだった。自分の四次元ポケットを持ってくるのもよかった。

タイムツェッペリンとおまけでもらった飛行機

良かったですね。とても好き。要所要所の演出で使われているのもよかったし、かっこよかった。
電池切れで動かなくなるのも本当に良かった。味。味がする。

マリンバ

お前本当に自由だな!って感じでよかった。
今回の映画のトリックスター。
いつもの映画ではのび太がトリックスター役をするのですが、今回は彼女がMVPです。人の話を全然聞かないところが本当にいい。最初に出てきたときは本当にかっこつけてたのね。彼女を主役にしたお話がみたい。

心が綺麗なジャイアン

「のび太くん。大丈夫ですよ。きっとできますって」

花火が撃ちあがってそれで惑わせながらタイムミサイル(名前失念)を撃つところ

よいよね。あれ。ああいうの良いよ。

ゴミ袋を広げるときのしずかちゃんの作画

すごいよかった


他にもよいところたくさんあって。
自分みたいにひねくれてる人間じゃなければすごい楽しめる映画だったと思う。

まだ公開期間あるし、身に行けるひとは見に行って欲しいな。
(…というかこの記事自体見に行ったこと前提の記事って書いてるので、まだ見てない人はここの文章を読んでない)

それでは。これでおしまいです。
7500文字も書いてしまった。

グループバナーに参加 クリックお願いします。


*1:ただ、その『知らないでいい』という状態に置かれる状態こそ”ユートピア(ディストピア)ではあるのだけれども”

*2:ところでパラトピアって名前、パラダイスとユートピアを合わせた単語なんでしょうけれど、パラノイア、のパラっぽくもある。パラノイアっていうディストピアを体験できるゲームがあるんですよ「市民!幸福は義務です!」パラノイア (ぱらのいあ)とは【ピクシブ百科事典】

*3:ここで便利な道具を封印する。いつも便利な道具をどうやって使えなくさせるかが脚本家の腕だと思うし、この流れとても自然でいいと思う。ラストの道具の伏線にもなっていてとてもうまい

*4:全体的にこの映画レスバが多い

*5:ここら辺が新ドラの難しいところで偶然やデウスエクスマキナを使わず自助努力によって物事を解決しないといけないという条件縛りが新ドラにはある

*6:このマリンバのキャラクター本当に好き、マリンバを主役にテレビシリーズが一本できるくらい

*7:実際、洗脳、と言い換えることもできる

*8:本当に難しい、なのになんでこの題材を選んだんだろう