orangestarの雑記

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テキストサイト(あとはてなダイアリー)の思い出


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あと、数日ではてなダイアリーの新規登録が終わる

一時代が完全に終わるような感じがする。唯一日記文化を残してるような環境だったと思う。
ブクマでいろいろ指摘してもらっていて、はてなダイアリについての間違った理解とかあったりして、記憶だけを頼りに文章を書いてはいけないなと思うけれども、こちらは個人的な日記のような感じなので勘弁してほしい。お許し願いたい。誤解させるような文章を書いて申し訳ない。意図を汲んでもらえなかったのは遺憾に思います。
そんなこんなですけれども、なんというか、寂しいというか。まだ、はてなダイアリーは更新できるけれども、そのうち更新も出来なくなるのだろうなと思う。@ニフティみたいに。geocitiesはまだあるんでしたっけ?
個人のテキストサイト、htmlを手打ちでうっていたころに比べると、ずいぶん、インターネットで文字を書く、文章を書くということに対して、ハードルが下がったように思う。


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テキストサイト当時の思い出。

あの頃はまだ、googleがなくて。あったのかもしれないけれども、まだインターネットの中心ではなくて。検索とか、サイトの内容を探っていくロボットはいたと思うのだけれども、それに対してロボットよけをするのがサイトの作法みたいなところがあったような気がする。気がするだけで実際はどうだったのか分からない。あまりにあちこちがローカルに文化を形成していて、全体を理解できた人っていうのはいなかったのじゃないだろうか。教科書に残らないインターネットの歴史、という本があって、それでも、腐女子の人たちの地下に潜むようなローカルの掲示板、チャットなどは拾いきれていないような気がする。そのあとの携帯電話の歴史も、歴史を語る研究者の間では表に上がることはないだろうし。バクサイとか自分もこの間初めて知った。

そういう風に、隔絶したインターネットだったのだけれども、その中のテキストサイト村に自分は住んでいた。テキストサイト村の村の境界を示すものは"readme"だった。readmeというのは、サイトのリングサービスの一つで(リングというもの自身が今はもう説明しないと分からないかもしれない)(登録するとその登録先のサイトのリンクリストに入ってランダムもしくはアクセスまたは流入の順位順に表維持される)(今でいう日本ブログ村とかそういうの)テキストサイトを始めるならだいたいそこに登録することから始まった。そして、ナフ周辺の“テキストサイトに対する100の質問”にこたえることで、“テキストサイトでござい”というようになる。例外はあるし例外も多かったけれども。

readmeというのは、かなり影響力を持っていて、テキストサイトの人たちはそこでどれだけ順位を上げれるかを競ったり競わなかったりした。探偵ファイルとかそこらへんも登録してたと思う。切り込み隊長って登録していたっけ?あとちゆ12歳とかいた気がするけれども、記憶が定かではない。大体上位が一日に10マンくらい来ていて、1日1万くらいで100位以内?テキストサイト時代の最後の方は、一日3000人くらい来ていて300位くらいだったような気がする。記憶が定かではない。

今の基準と、当時のインターネット人口から考えるとものすごい数の人間が来ていたことになるけれども、当時はアンテナとかソーシャルブクマとかツイッターとかなかったので、ひいきのサイトがあったら毎日そこを巡回していたから、そのような数字が出ていた。逆に言うとバズるということがほとんどなく(2ちゃんねるでさらされたりしたら急にアクセスが増えることがあるけれども)そのサイトの固定読者がサイトの流入だった。検索流入なんて存在しなかった。

だから、当時は、アクセスを増やすために、ネットバトルが頻繁にあった。ネットバトルというほどのものではないけれども、ほかのサイトの人との議論。議論に議論を返して、そのやり取りをギャラリーが見る感じ。当時はみんな暇だったし、またテキストサイトをしている人の中にも専門家、詳しい知見を持った人もいたし、年齢層も若かったし、ネットをやっている層が“本や文章をそれなりに読む層”だったので、そういう人のやり取りを野次馬根性だけでなく、本当の意味で“参考になりました”という感じで読んでいる人も多かった。と思う。当時は世界が可視化されていなかったので、自分がリアルワールドで住んでいる以外の世界というのは、想像の中にさえ存在しない世界だったから、そういう衝突はあったし、それによって、見える世界もたぶんあったのだと思う。あと、本当にみんな若かったからな。ネットバトルが起こると、ダークマターというサイトに捕捉されて、そこから人が流入した。ダークマターというのは、今でいうHagex-day info斗比主閲子の姑日記みたいな、もめ事を収集するサイトです。当時はトラックバックとかなかったから、アクセス解析を注視していて、自分のところに不穏なアクセスがあったらそのアクセスもとに飛んで行って、自分への言及をみて、それに対して言及返しをしていたのじゃよ…。喧嘩を売られたら買わないのはすくたれものだったのじゃよ…。よくわからない。どうなんだろう。


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あと、オフ会のオフレポ。これは、地味にアクセスを稼げるものだったので、頻繁にオフ会に出て、オフレポを書いている人たちもいた。地方の人は、それに対して文句を言っていたような気がする。当時のテキストサイトの頂点とかにいた人たちはある意味アイドルだったので、個人個人のことにみんな興味があったのだ。たぶん、ここら辺のことは、今のpixiv、歌い手、ネタtwitterラー、yutuberとも似ているのだと、というか、そこら辺の文化が、そういうところにスライドしたのだと思う。みんな若かった。

あと、テキストサイトで何を書いていたかというと、みんな日記を書いていた。あと創作。今のブログでよくあるようなお役だち情報とかあんまりなかった、と思う。アフィリエイトのようなものはなかったし。そんな他人の日記を読んで楽しいのかというと、まあ、楽しかったし、書いている内容よりもその人の文章の筆致を楽しんでいたように思う。テキストいじりとかも流行っていたし、文章術の巧拙がそのままある程度サイトの評価につながっていたのだと思う。

それが、大体2003年くらいまで。

ダークマターが終了したのが2003年。そこから、テキストサイトは下火に、というかいつの間にかなくなっていった。そのままブログに移行する人もいたけれども、大体の人がいつの間にかいなくなってた。就職したのもあるのだろうし。当時、ある程度文章がうまかった人たちはそのまま編集者とか小説家になっていったし、拡散して消えていった。

いま、こんな風に考えてみるとテキストサイトの歴史というのは大体2001年から2003年までの短い期間の出来事だったのだな、と思う。今調べたら侍魂の開設も2001年だった。

これと並行したインターネットの歴史にflash文化などもあるのだろうけれども、そこら辺のことはよくわからない。

自分の場合

自分の場合は、確かそのまま細々と漫画サイトを続けていて、手打ちするのがめんどくさくなったので、はてなダイアリーに移行したのが大体2005年くらい。とにかくなんか文章を書く先というものがどこかにないと不安なのだったので。文章を出力する先が必要な人種というものは存在して、たぶん、自分はそのタイプだったのだと思う。はてなダイアリーは、テキストサイトから移行した人がたぶん一番多かったブログサービスだった…ような気がしてる。はてなアンテナというサービスがあって、その黎明期がテキストサイトの終焉の時期とつながっていた。もはやリングと毎日の巡回でつながるのではなく、更新をチェックしていて更新された見に行く、というスタイルになっていった。そのid登録の流れて、はてなダイアリーを始めたテキストサイトの人間が多かった…のだと思う。自分も歴史をつぶさに見てきたわけではないのでわからないのじゃよ…。

当時、はてなダイアリーには、そのテキストサイトから流れてきた人間よりも、技術畑の人間、新しい技術を試して、公開して交換する人たちが住んでいて、その人たちの歯に衣着せない、技術に対してのやり取りが“モヒカン族”みたいだったので、そこからモヒカン族という言葉が産まれた。やがて、その技術畑の人たちが“こんな雑音の多いところでやってられない”とはてなを去った後、そこに残った、テキストサイト系の文化を持つ人たち(当時の人はもうほとんどいなかったのだろうけれども同じような文章を書いていく人たち)が同じように他人のテキストに斧を投げ、それが、そのはてなダイアリー(というよりはてな村)の文化として継承されていった雰囲気はある。わからない。どちらにせよインターネットは殺伐である。

はてなの技術畑の人間がいなくなって、殺伐とした荒野になるまで、大体2003年から2007年くらいまで。

2004年にmixiが始まったので、ただ、文章や日記や友だちと楽しく過ごしたい人はmixiに行ったのだと思う。mixiはそれなりに大きな平野で、その中でも出会いや(そもそもmixiというのが出会いのツールだった)そういった新しい経験というものができた場所だった。インターネットの総人口が今ほど大きくなかったし、そこまでサーチアンドデストロイ度も高くなかったので、“楽しくインターネット”する人は、みんなmixiに行ってしまった感じがある。実際のところは分からない。当社調べ。

2006年にニコニコ動画開設ということなのだけれども、自分の記憶の中に、仮面ライダー剣のオンドゥル語をニコニコで観ていたという記憶がある。だけれども、剣の放送期間は2005年なので、計算が合わない。自分の記憶が間違ってることは確かなので、じゃあ、一体どこでオンドゥル語のそれを見ていたのだろう……。


twitter、はてなブログ

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2008年4月にtwitterが日本上陸。
色々インターネットで大きな変化があったけれども、はてなでは大きな変化はなかったような気がする。
むしろこのころがはてなダイアリーの最盛期、円熟期だったに思える。
2009年12月4日に「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」が発売。この前後は、キラ星のようなはてなユーザーが多く、ちきりんもこのころだったような気がする。たぶんそうだと思う。
また、その陰で、非モテ論争、web2.0、なんかそんな感じのインターネット盛り上がっていこうぜ!みたいなのがあって、一番はてな(とか個人ブログ、そういうのを発信する場所)が盛り上がっていたようなときだったと思う。

この大体、2008年から、2010年くらいがはてなダイアリーの夏の時代であった。(と思う、どうなんだ実際)


そしてはてなブログへ

2011年12月にはてなブログ開始
はてなブログが開始されて、しばらくしてから、はてなブログに大量にアフィリエイト関係のブログ、プロブログそのほかがたくさん開設されるようになった。というよりも、はてなダイアリーがその構造上アフィリエイトブログや収益化を目的としたブログに向いていないから開設されなかっただけで、時代はすでにそのような状態になっていたのかもしれない。それまではfc2ブログやlivedoorブログで行われていたような普通の光景がはてなでも見られるようになった、それだけのことなのかもしれない。

はてなダイアリーは、サイトの収益化を求めるには、非常に不向きなサイトであった。サイトのアドレスがすべてd.hatena.ne.jp/idという形になるので、検索性が弱い、また、googleアドセンスがはれない(はれるけれども自由にはれない)。携帯版のデザインが全部固定で自由にできない、広告もはれない。そういうわけで、収益化を目指す人たちは、fc2やほかのブログや自作ブログで更新をしていたのだと思う。

とうとう、はてなは、はてなブログで、普通のブログサービスになったのだ。

以後、はてなダイアリーは、はてなダイアリーの機能が便利で使っている人、引っ越すのがめんどくさい人、なんか、惰性で使ってるから、という人たちが使うツールになって今に至る。

いや、便利なんだよ、はてなダイアリー。更新とか人にアピールするには不便だけれども、個人の日記、ネタのメモ、予定表替わり、スケジュール履歴、個人のメモとして使う分には、そこら辺のスケジュール管理ソフトよりも全然便利。タグ管理できるし、未来や過去の日付でかけるし1カ月のアーカイブが一度に見れたり、タイトルだけ表示でみれたり。ツイッターみたいにさかのぼるのに限界がないし、さかのぼって確認するのもUIがとても良いし。個人が、個人でログを取るためのツールとしてとても重宝していて、サブアカウントの日記をそういう読書とかネタメモのものとして使ってる。はてなダイアリーは、はてなで取れるサブアカウント4つのアカウントに、メインアカウントで入ったままログインできて記事が書けるところもとても便利だった。

新規登録ができなくなるのは残念だし、仕方ないけれども、できれば、末永くこのサービスを続けてほしい。でもいつかは終わるんだろうなって思ってる。

ローカルでいいから、この環境で、メモ、ログをとれる仕組みってないのかな。tdiaryがそういうのなのだろうか。そういう風に使えるのかしら。


はてな村奇譚上

はてな村奇譚上

はてな村奇譚下

はてな村奇譚下


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ところで、2015年8月にamazonポイントとの交換ができなくなって、新決済システムを作りますって言ってからもう2年なんですけれどもどうなってるんですかね。

(はてなスターを買うくらいにしか使えない)はてなポイントが送れるよ!


あと、うごメモはてなというのもあったけど、あれ若者文化だから…。2008年から2013年までうごメモはてなというものもありました。ニンテンドーDSとコラボしている機能で、はてなIDの所得が必要なので、そこからはてなダイアリーを始めている子どもたちも結構多くて独自のコミュニティができていた(っぽい)その残滓はあちこちで見つかるけれども、今どうなってるのか、その子たちがどこへいったのかわからない。(id:skky17)さんとか若いしゲーム村だし知らないだろうか。