orangestarの雑記

小島アジコの漫画や日記や仕事情報など

スポンサードリンク

なぜはてなカウンターが無くなってはてなブックマークが(自分にとって)改悪されたか


りちょうとえんさん//怪物は夢を見ないkindle電子書籍で発売中です

簡単な承前の説明

ひとつ目の記事:はてなのシステム変更について

  • はてなカウンターが廃止になって更新の意欲が落ちた
  • はてなブックマークのインターフェイスが変更になってさらに更新意欲が落ちた
  • はてなの更新後のシェアの画面ではてなハイクにシェアするのボタンがなくなった(はてなハイク廃止の危機?)

ふたつ目の記事:ゲームのシステムとプレーヤーについて麻雀とFGOの戦闘システムを例に説明

  • 情報を目に見える形で提示した方が上級プレイヤーにとっては便利になるが初心者にとっては足かせになる(簡単な絵合わせゲームでなくなる)

はてなのはてなカウンターの廃止とブックマークページの変更が意味すること

まあ、ぶっちゃけていうと、はてな村とかはてな村的な人間の集まりがめんどくさいので、システムを変えることによって排除したい、っていうこと。または、そこのよくわかんないプレイスタイルを初心者からは見えないようにしたいということ。その為に、視認できる情報を少なくして、“高度なプレイ”を“中級者”ができなくした。

結果として、ゴリゴリとブロガーとして、(Google アナリティクスなどを活用して)テーマやキーワードを調整してちゃんとした記事を毎回揚げる人間と、個人の日記として活用して、仲間内で交流するスタイルの人間にとって(のみ)使いやすいように調整していく過程がこのカウンターの廃止とブックマークの表示の変更なのだと思う。
かつて、twitterが文字数を減らして、その代わり一連の流れて文章を読めるようにして“インターネットで文章を書く”という行為の流れを変えたみたいに、“文章を書くスタイル”に付随する機能を調整することによって、利用者の行動を制限し、誘導をするのが今回の狙いなのでは?って思う。もともとのはてなアクセス解析くらいの機能なら、はてなブログに元々付随しているアクセス数を調べる機能に簡単につけれそうだし、あえてそれをしないということは、多分そういうことを狙っているのだろうと思う。

はてなブックマークの変更については、なにを目指しているのか今のところはよくわからないけれども、はてなブックマークユーザー同士の連携、はてなブックマークを使ったコミュニケーションを抑制しようという動きがあるように思う。かつて、“ブログの管理人と特に親しくない人”のコメント欄替わりとして使われていたけれども、ガリガリとしたやり取りを好まない人が増えてきた(それは個人の日記であったり、またはブロガーや広告告知目的の記事で、だれかとの意見交流を求めない人たち)。それによって、はてなブログをやめる人やそのほかそういう炎上を嫌う人たちがはてなを離れる可能性が出てきたし実際離れてる。議論が起きやすい環境であることは好ましいと自分は思うけれども、ブクマする側の人間も絶対数が増えてくれば、ノイズ的な悪口や何でそこでわざわざ言う必要なあるの?って書き込みもあり、それによって心が折れてしまう人もいると思う。そういうのを個別個別で処理するという考えもあるけれども、それよりもシステム自身を変更して、“不可視の部分を本当に不可視にすることによって、ゲームの仕組み自信を変えてしまう”ことで対処しているのでは。と思う。
今回の改変で、コメントを書いていない人のブクマは見えなくなった。(脇のところで見えるけれども、idなどはマウスオンしないとわからない)存在級位を揚げようとすれば、ブックマーカーはコメントをつけないとならなくなる。“ブックマークをすることでお互いに繋がってる感覚のユーザー”というめんどくさい種類のユーザーがオミットされる。
そうなるとブックマークで上がってくる記事が
「個人で本当に気に入った記事(個人でメモ代わりにするブックマーク)」
「大喜利、突っ込み会場としての記事」
「(互助会の記事)」
としての特徴がそれぞれ顕著になる。

その結果として、初心者と上級者のみに特化したブログサービス、ブックマークサービスとして洗練していこうというのが、今回の改変の目的じゃないだろうかと思う。

はてなカウンタがなくなってから、はてなブログで記事をかくモチベーションが下がった。

具体的には脊髄反射的な記事を書くモチベーションが、ほとんどゼロになった。

はてなのホッテントリに挙がっているエントリをみて、「あ!これなんか言及したい」って思っても、なんか、こう、やる気が出ない。いいことなんですけれども。人間としては。
アクセス解析の結果、リアクションがどこからあったのかすぐに分からなくなった、というのはとても大きい。ブクマとか、リンクとか、そういうのは分かるけれども、なんか、反応の基準、言うてみれば承認欲求をアクセス数に置いている身としてはモチベーションが上がらない。いいことなんですけれども。他の記事についてもなんか、やる気が起きなくて…。
こういうタイプの古い感じの文字かきを排除して、個人個人の評価やら、人間関係での承認やら、またはプロとしての記事の配信にたいしてやる気がある人たちを優先的にしようっていう感じなのかも。昔ながらのガリガリした人間はめんどくさいものな……。
そういう感じで
ブログとしてははてなブログは、そういうシステムの方に舵を切っていくのだな、という印象。
まあ、時代だもの。

インターネットでのコミュニケーション距離が現実と同じになっていく

インターネットで発信するということが、初心者と上級者に容易になっていくということの意味っていうのは、もう一つの意味がある。
それはインターネット上の人間関係の距離感のとりかた、コミュニケーションの仕方というモノが現実社会と同じようになっていくということ。
自分は現実にとってはずっと上達しない初心者プレーヤーで、現実の不可視の情報がわからないで、まわりの人間が、(麻雀の配牌を読むような)不可視の情報を解析しながら会話、コミュニケーションをとって通しを使って牌のやり取りをしている中で、ずっと絵合わせみたいなコミュニケーションをとっていたのだけれども、インターネットでのコミュニケーションというのはそれを全部開示していたので、なんというか楽だった。多分、まあ、それが楽だって人はそれなりの数がいて、そういう人が早くからインターネットに来たり、はてな村みたいなところにいたのだと思う。そこらへんのコミュニケーションが、現実のように不可視化されて、現実のコミュニケーションと同じようになれば、大多数の人間は便利に使えるようになるし、多分、それは正しいことなのだろうし正しいのだけれども。

まあ、そうなったら別の場所で別のことをしますよ。


はてな村奇譚上

はてな村奇譚上

ここは悪いインターネットですね。

ここは悪いインターネットですね。