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orangestarの雑記

小島アジコの漫画や日記や仕事情報など

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最近、ブログが不自由になってきたと思いませんか?


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結論:全部はてなブックマークtwitterfacebookが悪い

という結論に向けてだらだら書く文章なので、特にだらだらとした文章が読みたくない人は、この1行だけみて帰ったらいいと思うよ。老人の昔語りに付き合う必要はないよ。

1997~2005年くらいまで、ネットはもっと自由だった。

さるさる日記とか、日記猿人とか、readme!とか。ブログサービスが始まる前、またはブログサービスが始まっても、そんなに“強く”無かった時代。googleやyahooの検索も貧弱で、個人サイトが補足されることは滅多になかった時代。個人のサイトは、ジオシティーやtripodの無料レンタルサーバーを借りて、手打ちでhtmlを打ち込んで、スタイルシートとかも手打ちで打ち込んで、というかスタイルシートが無かったので、tableと、文字の飾り付けで、サイトをデザインして、インターネットの回線も遅かったので、出来るだけ画像をおかず、飾り付けはtableをtable以外の使い方をして(今考えると正気の沙汰ではない)絵を描いたり、サイトをデザインしていた時代。そういう時代。ちなみに、自分のサイトは当時“みかんの星”と名乗っていた。サイトのトップのヘッダー的な飾りに●と★を重ね合せてた。そんなふうにしてみんなサイトを飾り付けてた。
※こんな感じ。

f:id:orangestar:20150101064558p:plain

ちなみにこれ画像ソフトで作った。ブログの設定でテーブル汲んで、CSS無効にしてとかそういうの手間かかり過ぎる。当時はこれを手打ちでやってたとか正気ではないしそういう技術は自分の中から失われてしまった。こういうのをtableで組んでサイトをデザインしていったし、周りのテキストサイトもそういうことをしていた。そういう時代だった。


検索やはてなブックマークみたいなサービスや、アメブロみたいな、ブログサービス全体で一つのグループを作ってそこから、“ここにこんな似たようなサイトがありますよ”みたいに流すサービスもなかったので、主なサイトへの流入は、相互リンクだった。そして、はてなアンテナrss、みたいなサービスもなかったので更新がないか毎日観に行っていた。一日のサイトの購読者数は10~50人。そして毎日確認するサイトも毎日50サイトくらい。何のことは無くて、相互リンクしてる相手同士、お互い観に行って、見に来てるだけだった。時々大手サイトに取り上げられたり、他のサイトとのネットバトルみたいになると、2chテキストサイトヲチスレに補足されて一時的にアクセスが伸びたりするけれどもそれ以外は本当に、何もない、ただ自分の日記をかいて、他人の日記をよんで、そういう世界だった。



そういうところでは、特定少数、特定多数に向けた日記が主なコンテンツで、何を書いても良かったし、政治的な正しさとかはあんまり求めらえてなかった。みんなバカッターだった。そもそも人が見に来ないし、そしてtwitterやブクマなど、拡散させるツールが無かったので、炎上(炎上しても2chテキストサイトヲチスレや、ヲチ板で単独スレが立つくらい)リスクが、今と比べてそんなになかったし、ネットでの活動というのが、リアル活動のあくまでサブ、今みたいに、生活や、仕事にインターネットがそんなに食い込んでいなくて、完全に趣味だけの世界“自分たちだけの世界”だったので、結構好き勝手出来たのだ。

2005以降くらいから、徐々にネットは不自由になって行った。

ところで、昔のインターネットには“集合知”というファンタジーがあった。ちょうど、電車男の前後位までだ。一人一人は無能でも、全員で知恵を出し合えば何か出来る、ひとりひとりの無能が集まって、まるでシナプスのようにおおきな、人工知能のような存在ができる、そういうファンタジーがあった。実際は、何かの質問スレや、そういう疑問に対しては、無能な人間は無能なクソリプしか出来なくて、有能な数人の人間が、的確な返答や答えを回答するという、リアルワールドと何もかわらない(無能なクソリプが飛んでくるだけリアルに比べて地獄)な状況があるだけだった。いつからだろう。インターネットがリアルと変わらない、ただ速度だけが速い世界になったのは。
そして、個人のブログをたくさんの人が見に来るようになった。検索などの流入も増えたし、そもそもインターネットに入ってくる人が増えた。昔は、インターネットをする人=サイト持ち(サイトをもたないまでも、なにがしかの根拠地を持ってた)人が多かったけれども、今はスマホからも何からも、ただ見る、ということだけの人がだいぶ増えたように思う。
文章を書くのにはコストがかかる。コスト、というのは的確ではないかもしれないけれども、文章を書くのも、そして文章の内容を考えるのも、コストとして表現できるのでコストという。そういうコストに対して、ただロムる人間は理解しない。ただ、文句を言うだけで。(昔に比べてクソリプも増えたように思う)そして、twitterはてブなんかで、サイトの意見が拡散されやすくなった。



60億人の“それぞれが思う一般的な正しい話”よりも“それぞれの自分の話”

そして、“自分だけの意見”をいうリスクが発生した。もともとあったけれどもそのリスクがものすごく上昇した。
“他人とは違う”“自分だけの意見”をいうと、“クソリプ”とかそういうブクマなり、twitterからのコメントがついたりして、そしてそれは自分の意見だから、自分のコアに直接接続されていて、それをdisられると結構ダメージでかい。(そしてインターネットの仕組み上、disる人間のコストは限りなく低くなる)だから、みんな一般論しか言わなくなる。不自由。60億人が思う、“普通はこうだろうという”意見、そういうものは誰にも非難されにくいし、そして正しい。


だけど、本当は、世界って、60億人の一般論じゃなくて、60億人の個人の事情、それぞれ違う正しさや正しくなくてもどうしようもないものを重ね合せて、それをすり合わせて何とか成り立つものだ。インターネットは、かつて“集合知”が信じられていた時代、そういう環境や世界観をつくる存在として夢や希望を託されていた。


でも実際今は、そういうどうしようもない娑婆世界を、インターネットがない時代よりも加速させるツールとして存在していて、どんどん世界の不自由さを加速させている。楽しくないし辛い。個人的には。

なんか、もっと、こう、自由になれないかなって思う。

最近のサイトをみても、みんな一般論しか述べていなくて、自分は間違っているだろうけれどもこう思うとか、こうしか生きられないからこう生きてる。っていうブログとかサイトがない。あっても、すぐ、“お前はおかしい”ってリプがついて、消えて行ってしまう。


でも、そういう他の人と違う、っていうものが大事なんだ。この世界には。そういうものを圧し潰してきたのが今までの世界で、新しい世界ではそういう違うものを大事に出来ると理想やファンタジーを守っていきたいんだ。


おわり。


追記:そうそう、そうですよ!


最近、ブログが不自由になってきたと思いませんか? - orangestarの雑記

同じようなこと考えてるからその問題でライトノベル書いてるよ!

2015/01/01 13:22




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