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orangestarの雑記

小島アジコの漫画や日記や仕事情報など

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妖怪ウォッチにみる人間関係のソリューション(ネタバレ要素あり)

ふしぎ社会 本と映画とアニメと演劇

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妖怪ウォッチを、子どもが観るのに合わせて結構観てるんですが、というかかなり観てるんですが。大人向けのインターネットでは、パロディが酷い、こんな昔のパロディ子どもには分からない、一体どの層を対象にしているんだ、というように言われていますが。実際観ていると、そういう部分は本当に枝葉で、その枝葉が載る幹の部分は本当にしっかりと作られていることに気付くと思います。そこらへんについて。

妖怪ウォッチにおける“妖怪”の概念

われわれ老害が妖怪、というと、ゲゲゲの鬼太郎などの、水木妖怪、伝統的な妖怪、100歩譲って、花子さん、カシマさん、くねくねなどの現代妖怪や都市伝説を思い浮かべると思うんですが、妖怪ウォッチに出てくる妖怪は、基本的に創作妖怪、どちらかというとビックリマンなどのダジャレ的なキャラクターです。(人面犬などのキャラクターもいますけれども)で、そういうキャラクターなんですが、その妖怪の概念というのが、“説明不可能な事象を説明する為に適当に擬人化された存在”という、水木しげる以前の、超伝統的な“妖怪”を表すもので、水木しげるという妖怪を語る上での巨人の影響を洒脱に脱出しつつ、しかし、妖怪という概念の基礎に回帰するという、離れ業なのか、それとも、何も考えずに天然でこうなったのかはわからないけれども、なんかそもそもの妖怪の位置づけがものすごい離れ業になっているということをまず知ってもらいたい。
で、その中で出てくる妖怪という妖怪の少なくない数が、人間関係の厄介ごとについてのものになっています。とりつかれるとなんでも適当に謝るようになってしまう“一旦ゴメン”とか、他人のものをなんでも横取りしてしまう“ヨコドリ”とか、秘密をついしゃべってしまう“バクロばあ”などなど。で、人間関係に対しての妖怪が多い、ということの利点については、後述します。

メインの登場人物の3人の構成+文花ちゃんのドラえもん構成。

男子3人+マスコット+女の子一人というドラえもん構成。男子3人は、ガジェット担当のカンチ(スネ夫に相当)、力持ち担当クマ(ジャイアンに相当)、何もかも普通の主人公ケータくん(のび太に相当)そして、結構スペック高い女子、文花ちゃんと、マスコット的キャラクターのウィスパーとジバニャン
鉄板構成のドラえもん構成(他に、キテレツ大百科や、初期たるルートくん、ヱヴァのシンジ、トウジ、ケンスケなど)ですが、ドラえもんも最初からこの構成だったわけではなく、原作初期からしばらくたってからなので、試行錯誤の末にこの構成になったのだと思います。多分、物語を動かす最小構成要素なのだと思う。(最近の作品は出木杉系キャラがデフォルトでいることが多い)
で、そういう3人組なのですが、ドラえもんなどと違って、このスネ夫担当とジャイアン担当は、スネ夫ジャイアンと異なり、問題発生源にならない、基本的にすげーいいやつらとしてえがかれています。主人公と仲のよい3人組。人間関係の問題を引き起こすのは、“すべて妖怪”の仕業で、周りの人間のベースは基本的にいいやつ、っていう設定になっています。


人間関係にまつわる妖怪について
ここら辺を現代的ととるのかどうかっていうのは、まあ、社会学が好きな人が勝手にすればいいと思うんですけれども、これはとてもいい試みだし、どうしようもない、解決不可能な問題を外部化して解決してしまうというのは実際取りうる方法の中で一番いい方法だと思う。ベスト。小学校のときとか思い出すと、自分も、というか自分がそうなんだけれども、社会性とか、他人に対する理解とか、想像力とかが未成熟なので、そういう、“及ばない”事による人間関係の問題を、学級会という総括によって解決(出来ないしトラウマ製造機)によって解決するのではないソリューションとして、“妖怪”という概念はとても素晴らしいと思う。

主人公のケータくんと、女主人公の文花ちゃんについて

妖怪ウォッチのゲームの方では、主人公の性別を選べるようになっています。
男主人公が、アニメ版の主人公でもあるケータくん。女の子の主人公が、ふみちゃんになります。
ケータくんとふみちゃんをゲームをやる子ども達が感情移入できるように、“ごく平均的な小学生”として設定されていて、ケータくんが平均的な男子なのはアニメ版では結構ネタにされています。(ケータくんがふみちゃんに「ケータくんって普通だよね」って何度も言われて傷つく)。
…という事になっているんですけれども。平均的、という割に、ケータくんは実際、ちょっと平均より下の方くらいのキャラ設定になっています。カンチよりもモテないし、結構失敗をして先生に怒られたり、クラスメートの前で恥をかいたり、色んなことをずるをしてさぼろうとしたり。一方、フミちゃんも、平均、という設定の割に、結構クラスの中でアッパーな位置に属しているような描写がされています。
ここら辺、すごいうまいなあと思っていて、小学生男女(というかもういくつになってもなんだろうけれども)自分が自分として感情移入(オレツエーとか憧れとかではなく)出来る位置というのが、男子では平均よりちょっと下、女子では平均より上、というのがあるのだと、そしてそれをキャラクターとして反映しているところがすごいと思います。これも、最初に言った“作品の幹としての部分”。ユーザのことを調べて、作り込まれていることのひとつです。
あと、ちょっとどうでもいい部分の話なんですけれども、フミちゃんにつく妖怪が、結構えぐい目の妖怪が多くて(秘密を暴露するバクロばあ、や、人の頭の中をのぞいて知ってるよ…っていって来るサトリちゃん、や、えぐいいたずらをして(ゲームのセーブデータを消すなど)それを可愛い笑顔と「許して、ちょんまげー」のセリフで許してもらうキュン太郎、など)ああ、コレが女子…、外見が可愛くて、クラスのトップクラスにいる女子…の傍若無人な性格の悪さ…、となんかこう、既視感のような、そういうのあるんですけれども、それ全部妖怪のせいです。フミちゃんがそんな性格悪いわけないよ!

パロディ、があるけれどもパロディで終わっていない

インターネットとかで話題になるのに、パロディの多さ、というのがあります。(孤独のグルメのパロディの給食のグルメ、や、ダースベーダーにそっくりなミスターエポックマン、や、その他色々)
制作者のお遊び、そして、子どもと一緒に見ている大人層へのサービス、という面がまず考えられる部分としてあります。戦隊モノのキョウリュウジャーでも、“諦めたらそこで試合終了”とか“バスケが…したいです…”とかやっていたし。
でも、たぶん、そういう元ネタが分からなくても、面白いものって面白いです。
パロディが始まる瞬間って、今までの文脈から切り離されて、突然別のリズムになる瞬間です。その変化先のパロディが分からなくても、その原始的な“リズムが変化する面白さ”っていうのは、とても分かりやすい。ごっつのコントとか元ネタ、あれ多分あると思うんですけれども、そういうの関係なく面白かったですし。むしろ、変化先をパロディで分かりやすくしているだけで、メインの面白さのポイントは、その“変化する瞬間のリズムとタイミング”にあります。
USOという、UFOを履いた宇宙人みたいな妖怪がいて、その妖怪にとりつかれると、何の意味もないようなバレバレの嘘をつくようになるんですが、その嘘をばらすときのリアクションが、似てるような似てないようなピンクレディの“UFO!”のポーズ、と「うっそ!」という掛け声で、これパロディだとしても一体どれくらいの年齢を対象としてるんだよ、と思ってしまいますが。でも元ネタをしらなくても、その唐突なリズムの変化は、楽しい。うちの息子も、USO!のシーンのポーズと掛け声を真似したりしてます。

というような事をかきつつも

実際の子どもたちはたぶんそんな感じで楽しんでないし、バラエティとかで昔の懐かし~ってのを今よくやってるから元ネタについても知ってる可能性が高いし、googleもあるし、そこら辺のは大人が考えてるだけで実際は、全然別の楽しみ方をしてる可能性が、微、どころか大いに存。
まあ、とにかく大人がみても、子どもがみても、面白いですよ妖怪ウォッチ。

著作
+1巻+2巻となりの801ちゃん+3となりの801ちゃん+4アリスインデッドリースクール猫を殺す仕事はてな村奇譚上はてな村奇譚下さっちゃんズ1さっちゃんズ2
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