orangestarの雑記

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ペットが生きているうちに、葬儀社は探しておいた方がいいです。

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先日、飼っていた猫がなくなりました。突然でした。おしお、という名前の猫です。10歳と10か月でした。その時の、具体的な話は、29日からの日記に書いてあります。



膵臓が本当の原因の病気で、分かる時にはもう、どうしようもないくらいに病状が進行しているというものでした。人間でも、膵臓の病気というものはなかなかわからないので、なんていうか、どうしようもなかったんだなあ、って。



急に具合が悪くなって、動物病院へ飛び込んだら重度の糖尿病と診断され、その日の夜のうちにさらに大きな病院へ回されて、そこから、肝臓が悪いとわかったんだけれども、更に本当の原因を探すために検査をして、膵臓が原因と分かったんですが、その時点で病院としてできることはなく、自宅へ引き取って、そこで最後の時間を過ごしました。病気が分かって、たった、4日のことでした。



その後、ペット葬儀を行っている業者さんに頼んで葬儀を行いました。そこは以前、インターネットの何かの記事で見つけて、そして、その会社のサイトを見て、もし万が一、そして必ず来るその時には、ここの葬儀社に頼もう、と決めておいたところでした。ただ、まさか、こんなに早く、その時がくるとは思っていなかった。



実際に今回、そこを使ってみて、とても良いと思いました。他のペット葬儀の会社がどのようにやっているのか、実際に比較したわけではない(出来るわけがない)のですが、自分たちにとって、充分な葬儀を行ってもらったと思っています。



葬送に何を求めるかは、人それぞれ、そのペットとの過ごし方や考え方によると思うので、全員におすすめするわけではありませんが、こういうところもあるよ、というような話なので、そのように聞いてください。


remember-you.jp


今回、僕が頼んだのは、こちらの会社です。



火葬ができるバンで、自宅の近くまで来てくれます。そして、そのバンに積み込んである小型の火葬炉に遺体を納めるところまで、立ち合いができるようになっています。実際に体験して分かったのですが、目の前で、“遠くに行ってしまう”という実感が持てることは、残った人間にとって、大事なことなんだな、と思いました。人の葬儀は経験しているのですが、それは、当たり前すぎて逆に気が付かなかったです。



1時間ほどで、火葬が終わり、骨壺に入った状態で骨を返してもらいます。この時、オプションで頼めば、骨を拾うこともできます。



また、遺骨を引き取れない場合には、葬儀社さんの方で、引き取って、合同供養という形をとってもらうこともできます。



車には、社名など書いておらず、また、会社の人も仮の会社名を名乗っているので、周りの人に知られたくない人も安心できるということです。自宅ではなく、少し離れた公園などで、落ち合うことも可能だそうです。



事前に考えて、ここにすると決めていたので、実際に、“その時”が来てからの行動を戸惑わずにできました。実際に体験した“その時”の直後というのは、何か考えたり調べたり、そういうことができる精神状態ではなかったので、事前にそういうことを決めていて良かったと思いました。



もちろん、ここの葬儀社さん以外にもいいところはありますし、ここがベストというわけではないと思います。ただ、自分たちが今回、ここの葬儀社さんにお世話になって、なんの問題もなくことを終えることができた、ということを書いておきます。そして、どこの葬儀社さんを選ぶにしろ、その時が来た時にどこへ頼むのか、は決めておいた方がいいと思います。その時は、何の予告もなくある日突然来ることもあるので、自分たちがその時に何を望むのか、そのあと、どうしたいのかを考えておくことは必要だと思います。



あと、今、ペットを飼われている方に伝えたいのは、ペットの、“鳴き声の動画”を撮っておいた方がいい、ということです。



うちの猫は、特徴的なダミ越えで、いつも、何かをしゃべっているような声でした。あまりに日常的だったので、その声を、何か、音として残す、ということを考えもしていなかった。写真も、うちに来た当時はたくさん撮っていたのですが、だんだんと日常になっていくにしたがって、そこにいるのが当たり前になって、わざわざ写真を撮ったり、記念を残したりとか、そういうことをしなくなっていきました。それは、本当に家族として過ごすようになったということで、悪いことではないと思います。でも、今、いなくなって、“ああ、あの声を撮っておけばよかったな”、と少し後悔しています。ですので、今、ペットを飼っている方は、ぜひ、声を残るような動画などを撮っておいてほしいです。



自分は、自営業で家でする仕事をしているのですが、こういうことがあったとき、最後まで見とれるのでよかったと思います。ただ、悪いところは、どうやって日常に戻っていいのか分からないところ。外で、サラリーマンをしていたなら、強制的に日常がやってくるのでしょうけど、こういう仕事だと、自分でなんとかしないとならない。



さみしいのは、我慢すれば何とかなるけれども、ふとした時に、柔らかな毛布みたいだった毛の手触りを思い出したり、ちょっと湿っているような体のにおいを思い出すたびに、どうにもたまらない気持ちになります。





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※元気だったころのおしお


おしおのこと - orangestarの雑記
おしおという猫のこと - orangestarの雑記
おとといと昨日の話 - orangestarの雑記


あと、おしおのキャラクターをモデルに漫画を描いたことがありました。なんというか、小姑みたいなパーソナリティの猫でした。

お義母さまはネコ! (Next comics)

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おとといと昨日の話

おととい3月30日、午後15時頃、うちで飼っていた猫のおしおが永眠しました。


昨日、お葬式を済ませて、今はお骨になっています。


おととい、いった日は晴れた気持ちのいい日で、昨日のお葬式の日は小雨の降る冷たい日でした。どうにも、おしおらしいと思いました。


それから一晩立って、まだ、なんだか変な気分です。


まだ気持ちの整理がついていないけれども、ただ、記憶はどんどん事実を改ざんしていくので、まだ、あまりそうならないうちに、覚えていることを書いていきます。





おととい、病院の点滴から帰ってきたおしおは、もうほとんど歩けないようになっていたけれども、よたよたと歩いて行って、居間の、ちょうどドアと窓の近くの、風通しのいいところに座りました。他の猫は、1mくらいのところに近寄ったり。妻にあとで聞いた話ですが、近寄ってきた他の猫に対して、めんどくさそうに顔をそらして、追い返していたそうです。それから、妻と話して、この場所よりも、いつも寝転がっていた、畳の部屋の窓際においてやることにしました。持ち上げると、だいぶ軽い感じになっていて、背中の骨も浮き上がっていました。窓際の日当たりのいいところに置くと、そこから動こうとしなかったので、ここで満足したみたいです。畳の部屋に置いてあるテレビをつけて、子どもたちはその同じ部屋でいつもみたいにテレビをみたり、遊んだりしていました。おしおは、いつも、子どもたちの近くにいて、遊んでドタドタしたりジャンプしたりする次男に胴に掴みかかられたり尻尾を引っ張られたりしながら、満足そうにしていました。さすがに尻尾を踏まれたら、ニャニャニャニャニャ!といって、怒っていましたが。部屋の隅で、そんないつもの音を聞きながら、たぶん、満足そうにしていたのだと思います。


他にお気に入りの場所として、ソファの上や、一番のお気に入りの場所として、自分の膝の上やお腹の上があったのですが、昨日の段階で、膝の上にうまく座れなくなっていて、膝からうまく降りることができなくなっていたので。


落ち着いて、そこで寝そべっているので、自分は、ここ何日できなかった、部屋の掃除と、洗濯物をしたりしていました。部屋の掃除は、大きな音を立てるとおしおがしんどいかも、と思ったので、雑巾で床を拭きました。いつも、床でごろんごろんしてる猫を追い立てて、邪魔!って言いながら、掃除機をかけていたな、と思いました。


その日は、とても、日が差す日で、家の中は、暖房なしでも、とても暖かくて、その陽だまりの中で寝ているおしおは、いつもの日向ぼっこをしているみたいで、まるでいつもの日常みたいでした。急に悪くなったので、毛並みの色つやもそのままで、少し毛は抜けたけども、相変わらず、本当に相変わらずの高い毛皮みたいな毛並みでした。写真では、うまく伝わらないけれども、柔らかな毛布みたいな手触りで、柄も、襟巻になるような毛皮のような、クリーム色と茶色が、不規則になっていて、とても、なんだろ、高そうな猫でした。後で、写真をみて、これじゃあわかんないな、と思ったのです。洗濯物を干しながら、妻が、「まるでいつも通りみたいだから、このまま何もなく助かるんじゃないの?」って言っていました。


猫は、ただ、ずっと落ち着かない様子で、遠巻きにみたり、別の部屋へ行ったりしていました。


昨日、買ってみたもの、猫缶と、ちゃうちゅーると、あと薔薇の花。薔薇の花は、朝になったら、ちょっといっちゃんにかじられてた(笑)


長男は遊ぶ合間に時々「おしお、おかえり」「おしお、よかったねぇ」「おしお、なおったよ」って声をかけていました。分かっていたのか、分かっていなかったのか、たぶん、分かっていたけれども、わかんないことにしていたんじゃないのかな、って思う。


おしおは、昨日の夜からなんだけれども、鼻から、茶色い鼻水みたいなものが出るようになっていて、電話で行っていた救急病院に連絡して聞いたら、たぶん、栄養剤が鼻から戻っているだろうけれども、と言われた。鼻に張り付くと息がしにくいだろうし、きれいな顔でいたいだろうから、拭いてやってた。朝起きた時に、鼻から下が全部それで固まっていたので、それも妻が丁寧に拭いてやってた。窓際に落ち着いてからも、鼻から、時々出ていたので、妻が拭いてやっていた。他に、口の中が乾いて、パリパリになっていたので、スポイトを使って、口の周りを湿らせてやっていた。口の中が湿ると、舌をペロペロと出せるようになったみたいで、舌をだして、口の周りをなめていた。


昼過ぎごろに、おにぎりとソーセージと卵焼きで、おひるごはんにする。その後、また、畳の部屋で子どもたちは遊んで、テレビからは、先日加入した、amazonプライムビデオの機関車トーマスの映画をかけていた。最近のお気に入りで、今どうなっているのかを、長男がずっと実況中継していた。次男は、それを見ながら、飛び跳ねたりはしゃいでいた。


14時ごろ、おしおの鼻を拭きながら、妻が、おしおの口の周りを湿らせてやりたいから、と言ったので、部屋の隅の、テレビ台の下のほんの隙間に、頭を突っ込んでいるおしおを、少し引っ張り出して、抱っこしてやった。体を動かすのもしんどそうだし、体に力が入っていなかったので、そっと。妻が、いつも通り可愛いねえ、きれいだねえ、って言いながら、鼻の周りをきれいにして、スポイトで口の周りを湿らせてやっている。これで少しは楽かな?と思ったとたん、おしおが口からものすごい量の黒くて茶色い液体を吐き出して、痙攣しだした。痙攣しながら何度も何度も吐いた。ものすごい量だった。いよいよ最後の時だと思った。抱っこしている形だと逆流した栄養剤が喉に詰まるので、畳に寝かしてやって、頭を、嘔吐物がつまらないように、すこし上げてやる。しばらくして、痙攣が収まったと思ったら、また吐いた。たぶん全部で、150ccくらいの量。これが全部胃の中に詰まって、先に行かないまま、溜まっていた。ずっと苦しかったのだと思う。全部、吐き終えた後、少し、楽になったみたいで、吐き出す前よりも、少しだけ、元気になったようなそぶりを見せた。それから、また、テレビ台の下に、頭をもぐりこませようとしたんだけれども、またそこで吐いた。そこでまた痙攣が起こったら、助けることもできなくなるので、代わりに入れるものはないかと思って、頭の低い段ボール箱を持ってきて、横の面を切り取って、入れるようにしたのだけれども、結局そこには入らずに、テレビ台の下に入っていこうとした。仕方なく、テレビの下に入れなくなるように、すぐそばにあった重機のパンフレットで、テレビ台の下をふさいだ。不満そうだった。


他の猫たちは、遠巻きにずっとこちらを見ていた。


最期の時まで、ずっとそばにいて、撫でてやろうと思っていた。


14時35分ごろ、静かになって、逝ったのだと思った。


テレビ台と本棚の隙間から出してやって、大きめのバスタオルでくるんで抱っこする。妻は嗚咽しながら泣いて、おしおの背中をずっと撫でていた。おしおにかわいいね、っていってずっと話しかけてた。自分も、泣くのをやめようと思っていたけれども、どうしても泣いてしまっていた。…けど、逝ったと思ったら、またガフッと吐いて、まだ生きていた。手も少し動いた。お腹で少し呼吸をしていた。それで、自分はなんだか泣きながらなんだか笑ってしまった。「勝手に殺してるんじゃないわよ!」って言ってるみたいだった。それから、ゆっくりと時間をかけて、死んでいった。お腹のわきのしたあたりに手を当てると、心臓と、呼吸の鼓動が少しだけわかる。もう、泣きながら、妻と二人でおしおに声をかける。長男は、トーマスの実況中継をしながらはしゃいでいた。次男は、縦移動のジャンピングをしていた。「ねえみて?パーシーがね」という長男に、いまおしおがね、もうすぐ死んじゃうの、だから、おしおの頭撫でてあげて?というと、おしおのそばに来て、「おしおかわいいね、おしお、きれいだね」って言いながら、頭を撫でてあげていた。たぶん、もう、目が見えなくなっていて、ただ、最後まで耳は聞こえるというから、3人で、きれいだよ、かわいいよ、って声をかけていた。次男は相変わらず、テレビを見ながら、テンションを上げていた。やがて、手のひらでも、鼓動を感じることができなくなって、ああ、もう逝っちゃったんだな、って思って、妻がおしおの目を閉じようとすると、また、ゆっくりと目を開いて、「だから!勝手に殺してるんじゃないわよ!」ってまたいってるみたいだった。そんなコントみたいなのをもう1回繰り返したあと、とうとう瞳孔が開いて、本当に逝ってしまった。


瞳をそっと閉じるけれども、うまく閉じれなかった。


だいたい、15:00ごろ。


死んでしまったおしおは、子猫みたいな顔になっていて、初めて、うちに来た時と、同じ顔をしていた。手のひらも小さくなっていて、本当に子猫みたいだった。おしおが逝ったとわかったとき、長男は、立ったまま、号泣をして「おしお、ばいばい!」「おしお、さよなら!」「おしお!」と号泣していた。たぶん、さっきのトーマス実況とかは、辛いことから目をそらすための、逃避行為だったのかもしれないと思った。


おしおをきれいにしてやるために、熱いお湯を洗面器に汲んで持ってくる。妻が、丁寧に、嘔吐した栄養剤で汚れた手足を拭いてやっていた。点滴の注射の管もとってやりたかったけれども、とるときに失敗して傷つけると、と思って、そのままにしていた。


かなり前に、万が一のこと、そしていつか必ず来ることにために、とブラウザにブックマークしていた、信頼できる動物の出張葬儀をしてくれるところに、電話をした。いつか、必ず来るとは分かっていたけれども、こんなに早くだとは思わなかった。すぐに折り返しの電話がきて、いつ頃がよいか、ということを聞かれた。妻ができるだけ早く、というので、今晩にお願いします、といった。結局、今晩はとても遅くなってしまうということなので、明日の、朝にしてもらう。


遺体を指定されたようにダンボールに入れる。妻が、死後硬直で動かなくなる前に、入れてやらないと、っていった。無理やり体をまげて押し込めるようなことはしたくないから。ダンボールに詰めるときに、尿が溢れて、生きてるのかと一瞬思ってしまったけれども、死後の、そういう反応だった。葬儀社さんはワゴンの中に積み込んだ炉で火葬を行うので、燃えにくいものは困るのだと思う。うちに、ちょうどいいサイズだと思われるダンボールが二つあって、花の模様の描いたるダンボールに最初入れたのだけれども、高さが低くて合わなくて、結局、amazonダンボールになった。(ただ、後で、実際の火葬の様子を見ると、蓋がなくても大丈夫そうだった。蓋の必要性は、たぶん、葬儀までの間の、保冷のためなんだと思う)トイレシートを下に詰めて、紙のチラシを下に敷いて、その上に、タオルに包んだおしおを入れる。まるでいつもみたいに寝ているみたいだった。ダンボールを置いておくと必ず猫が入ったし、その上に、やわらかい布や服を入れて置いたら、その上から無理やり入っていた。まだ、肉球も、背中も暖かくて、耳もピンとしてい弾力があって、本当にまだ生きているみたいだった。


ダンボールに入ったあと、しばらくして、突然、足がぴくぴくと動き出した。やっぱり、一瞬、生き返ったのかと思ったけれども、それも死後の反応で、筋肉が痙攣することがあるらしい。おしおは、生きてる時も、寝ながら、悪い夢をみているのか、足をぴくぴくさせながら寝ていることがあった。そしてそういうあとは、「ちょっと!怖い目にあったじゃないの!」っていうみたいに、人間に文句をブニャブニャ!と言ってきていた。そういうことを思い出して、なんだか、辛いのか、微笑ましいのか、よくわからない気持ちになる。


他の猫の様子がとてもおかしくて、ものすごいストレスがかかっているのが分かった。おしおのことがあってから、他の猫の健康が気になって、背中の皮で脱水を調べたりしていたのだけれども、ごまの背中の皮の戻りが悪くて、少し気になった。


お世話になった、動物病院の先生にお礼の電話をする。結局、最初の日に、分からないままだったらその次の日には死んでいたし、いろいろと、覚悟をする時間ができた。その時、ごまの話をすると、様子がおかしかったら連れてきてもらった方がいいですけれども、ストレスが強いなら、落ち着いてからのほうがいいかもしれないですね、みたいな話をする。


妻が、別の部屋に用事をしに行って、戻ってくるたびにおしおが目に入って、そのたびに「あ、おしお寝てる」っていつもみたいに普通に思ってしまって、と言って泣いていた。自分も、まるで嘘みたいだと思った。


しばらくして、体温も完全になくなって、だから、涼しいところに移してやろう、ってなった。


おしおは、初夏の、涼しい、気持ちのいい風が吹くときとか、仕事部屋の窓から、外を眺めていたりした。だから、そこにおいてやろうと思った。他に仕事のための部屋をかりて、引っ越し作業をしていたのだけれども、完全に引っ越しをしてしまう前でよかったと思った。


やっぱり本当に生きているみたいだった。


そのあと、なんだか、それが儀式として正しいのか分からないけれどもお線香をたく。自分は仕事をしているときに、落ち着いた匂いがあるほうが集中できて、最初のころは、お茶を焙じてにおいを出す香炉みたいなものを使っていたのだけれども、なんか、いろいろあるうちに、お線香をたくようになった。なので、ちょうどうちにはお線香のストックがあって、この時お線香をたくことができたのだけれども。


自分が、そんな風に、仕事をしながらお線香をたいていると、部屋の中で、くつろいでいる猫にも、線香の匂いが移って、まるでおばあちゃんちの猫みたい(な匂い)と言っていただけれども、そういうのまで、そのまんまだと思った。


夕方になり、明日の葬儀のためにということで、お花を買いに行く。おしおがいつもつけていた首輪が、桜の形をした鈴だったので、妻からは桜の枝を一振り、ということだったのだけれども、季節的に、花屋には葉桜になった桜しかなくて、結局、昨日行った花屋で、昨日と同じ薔薇にしてもらう。5輪の花束。匂いの強いということで指定したのだけれども、それが桜色の薔薇だった。


暗くなった後、ごまが、おしおの体をおいてある部屋に入っていき、部屋の一番高い場所から、おしおの体をずっと見つめていた。


長男に、ここ数日なのだけれども、死ぬ、ということについて話していた。もう会えなくなるとか、そういう話。うまく説明できなくて、こういうときに、宗教って必要なんだな、って思った。妻は、一回いなくなって、もう会えなくなるけれども、他の猫に生まれ変わってきて、またやってくるから、というような話をしていた。以前から、よく妻と、おしおは、前の人生で女だったけれども、徳が低すぎて猫にされた猫だね、というような話をしていたので、たぶん次も猫に生まれるんだろうな、みたいな話をしていた。たぶん、もう、死という概念については分かっているのだと思う。


寝る前に、仕事部屋の窓を閉めて、おしおの入っている箱に、保冷剤を詰める。


夜、猫があまりにも不安定なので、今日も自分は畳の部屋に布団を敷いて寝ることにした。ご飯も食べていないみたいだし、水も飲んでないみたい。ごまはずっと台所の奥の人の目と手が届かないところに隠れているし、外に出たと思ったら、警戒しているような、よろけているような歩き方で、家じゅうのにおいを確認して歩いてる。ずっと怖い目をしている。イリタはずっと、おしおがいつもいたソファーの上から動かない。丸くなっているんだけれども、目はずっと開けている。マメちゃんは、いつもは撫でると目をつぶってゴロゴロいうのだけれども、ずっと目があいたまま。吐いた跡があり、どうにもイリタが食べたものを全部吐くということを繰り返しているようなのだけれども、それが何由来によるものなのか不安になる。

ずっと、畳の部屋の布団から居間の様子を見ていたのだけれども、みんな、警戒しているような、怒っているような動きで、ただ、いつもケンカばかりしているごまとマメちゃんの距離がやたらと近かった。深夜4時ごろ、台所の隅から出てきたごまが、ソファーで寝ているイリタの隣に来て、2,3回においをかいで、隣にうずくまったあと、しばらくしてから隣で丸くなって寝たので、少し安心した。


その日の夜、長男が「いつおしおかえってくるかなあ?」って妻に聞いていて、それで言葉に詰まってしまったらしい。


翌日。朝から雨で、とても寒い日だった。


13時ごろ、ひとり、葬儀社さんが来る。長男は、最初いかない、っていっていたけれども、最後のお別れをしよう、いうと、一緒に、行くという。おしおの体を箱ごと持ち上げる。他の猫たちとも、最後のお別れをする。自分は、猫はたぶんもうお別れを澄ましているし、怖がってまた不安定にあるといけないから、といったけれども、妻が、猫にも最後のお別れをさせてやらないと猫が後悔するということで、それぞれの猫に見せに行く。みんな、玄関に近い場所で、自分たちを見送っていたので、合わせるのはすぐだった。顔を寄せて、少しにおいをかいで、それでいいみたいだった。家族4人で葬儀社さんの車へ向かう。葬儀社さんの車は、ハイエースみたいなバンを改造したもので、後部座席に小型の火葬炉がつけられていて、屋根の上から熱気が逃げられるようになっている。どこでも火葬が行えるようになっていて、マンションのそばの公園の前の道路で行うことになった。おしおをダンボールの箱からだして火葬用のトレイに置く。自分がおしおを箱から取り出した。体が死後硬直で完全に固まっていて、まるで剥製みたいだった。置くと、やっぱり、まるで生きてるみたいで、毛並みもきれいなままだった。花をそれぞれ1輪ずつ、花のもとからちぎって、おしおの周りを飾る。家族4人のと、あと猫たちから1輪。食べ物、ということで、今回食べれなかったちゃうちゅーるを口の周りに少しおいてやって(燃えにくいものは入れられないので)あとかつおぶしをいれてやった。全員で、おしおを少し撫でてやって、最後のお別れをする。


長男は、それまでにこにこ笑いながらトーマスの話をしてたり(たぶん、必死で楽しいことを考えようとしていたのだと思う)「おしおいつかえってくる?」といっていたのだけれども、おしおを窯にいれる前、おしおとお別れで、もう会えなくなる、という話をすると、直立したまま号泣して、「おしおばいばい!」「おしおさよなら!」「おしお!おしおー!」ってずっと叫んでいた。火葬が終わるまで、しばらくかかるので、雨の中ここでまつより、ということで一回家に帰ることにした。今日、妻は黒い服を着ていたので、喪に服してるみたいだったし、聞いたらそういうのも少しある、って言ってた。長男は、母親にすがってずっと号泣していて、「おしおは生まれ変わって帰ってくるから」というような話をしていてもずっと号泣していた。たぶん、そういう理由や意味や解釈よりも、ただただ自分がもう2度とおしおに会えないのが悲しいのでたまらないのだと思う。


1時間たって、お骨をうけとりに行く。


長男は、行かないということなので、自分一人で骨を受け取りに。全身の骨を入れるというので、骨壺は思ったよりも大きかった。お骨を受け取った後、他の人達はどうしているのかを葬儀社の人に聞いた。


マンションなどの人は、葬儀社のほうで遺骨を引き取り、共同供養ということが多いし、他に、遺骨をしばらく置いた後に、共同供養や、個別の墓を作られる方もいる、粉骨をして小さい骨壺にすべていれることもできるし、また、庭や海にまいたりもできる。埋葬などをせずに、ご自宅にずっと遺骨をおいている方もいて、それぞれが、気のすむ、満足のできるやり方で行っている、ということだった。


家に帰る。長男はおほねのおしおは嫌い!といった。どこに置こうか、ということを考えて、やはり、仕事部屋のいつも座っていた場所に置くことにした。ただ、しばらくして、仕事部屋は寒いし、やっぱり今日は、ということで、居間の、子どもの手の届かないところに置いた。


いろいろ、一段落したら、気が抜けてしまって、そのあと、ずいぶん、ぼーっとしていた。


妻と話して、晴れた暖かい日に逝って、雨の降る日に、孫みたいに可愛がっていた1番可愛い5歳くらいの長男に号泣されながら送られるって、たぶん人間だったら理想の死に方、だろうね、みたいな話もしていた。とてもおしおらしい、というような話をした。生まれ変わっても猫で、もうすぐ、子猫の季節だから、もしかしたら、すぐに帰ってくるかもしれないとか。


夜、やっぱり猫が不安定で、昨日よりはましになったけれども、相変わらず、おしおがなくなった畳の部屋には一切近寄ろうとしない。はやく晴れの日が来て、いろいろあったかくなって、畳の部屋に猫が帰ってくればいいのに、と思った。


寝ているとき、長男はやっぱり一回うなされていたけれども、朝起きた時、おしおは猫バスになるよ、載せてくれるというような話をしてくれて、長男は長男なりに、そういうことを処理してるのだと思った。一番、ちゃんとしていると思った。










今日の13時、イリタが初めて膝の上にのった。

おしおという猫のこと

昨日(3/29)の夜、病院でできることはもうないということで、引き取ってきて、家で過ごすことにしました。


生き物のことだから、助かる可能性はゼロではないけれども、とても難しいということでした。


昨日の朝、病院へ朝一番にいきました。そこで、病気の説明を聞きました。病気の本当の原因が分かったということ。


あれから、ご飯を食べないので鼻から栄養剤を入れていたのですが、しばらくすると、鼻の穴から栄養剤が戻ってきてしまう。制吐剤も使っているのに、このようになるのはおかしいと先生は思い、エコーをとってみると、胃がパンパンになっていて、胃の出口のところから先に行っていない。出口のあたりに何かがあるのが移っている。ということ。


今の状況で、推測できるのは、胃の出口のところに腫瘍があるか、炎症があるか。他には、膵臓が腫れていて、それによって出口がふさがれているか。など。とりあえず、今の段階では、確定的なことが言えないので、今から午前中に検査をして、どうなっているのかを調べます。ということ。


本当は麻酔をして、CTを撮ったりして調べるのだけれども、今の容態だと、麻酔をしたら、身体が耐えられない(麻酔をしたまま目を覚まさない可能性がある)ということなので、CTは難しい。できる限りのことをして、調べる、ということでした。


そこで、もし、何かできる方法があるなら、その治療を始めます、ということでした。


そのあと、ケージの中のおしおを見に行くと、昨日よりも少し弱っているようで、ケージの奥のほうに、横になっていて、名前を呼んでも耳をピクリとも動かさない状態でした。おしおに、今のおしおの状態を説明して(おしおは言葉が通じる猫なので)今日、これから、検査をして、それで、ダメだったら、帰るよ、という話をしました。頑張ったね、偉かったね、おしおかわいいよ、というと、こちらにゆっくりと歩いてきて、身体を撫でさせてくれました。ケージの端に手をかけて、ケージからでて、帰ろうとしました。


午前中に検査をして、その結果を電話で伝えるので、午後、また来てください。と言われて、いったん帰りました。妻に電話をして、状態を伝え、もし、何とかする方法があって、それで何とかなる可能性が(それなりに)あるのなら、治療を続けるけれども、無理なら連れて帰ろう、ということを決めました。この時、話をしている最中に、自分の中に、ああ、もうダメなんだな、っていうのが、感情として降りてきて、おしおが病気になってから、初めて涙がでました。しばらく止まりませんでした。


それから、家に帰るバスの中では、今まで、のおしおとの生活を思い出していて、おしおという猫は、(たぶん、他の猫も同じなのですが)おしお以外には、おしおみたいなタイプの猫はいないのだな、と思っていました。おしおは、なんていうんだろう、たぶん昔は相当美人だったであろう場末のバーのママみたいな猫で、プライドが高くて、気に入らないことがあったりするとがあったりすると、ブニャ!ブニャニャニャニャ!と言いながら、まるでしゃべっているみたいな鳴き方で、こちらに話をしてくる猫でした。たぶん実際に、話しかけていたのだと思います。自分と妻が、話をしていると、そこに急に割り込んできて、ブニャニャニャニャ!と言ったり、他に、妻が、電話で、他の人と恋バナをしていると、そこに割り込んできて話をしたり(不思議なことに、というか、言葉が通じていると思われる理由として、恋バナ以外の時には、そのように割り込んでこないし、恋バナであったらほぼ確実に割り込んでくるんです)また、妻が、実家に行っている時に、電話をすると、その間に割り込んできて、また、文句をいったりするのでした。


こうして書くと、いつも怒っている猫のように聞こえますけれども、実際のところは、ほとんどゆったりと過ごしていて、というか、この家で自分が一番偉い女だ、と思っているので、機嫌よく、まったりと過ごしていました。子どもが生まれてからは、寝ているこどもの枕元にいて、枕になっていてくれたり(おかけでその間、子どもがよく寝てくれていた)子どもにむしられたりたたかれたりするのを“いいのよ”って感じの目で子どもを見ながら受け入れていたり。(そして、あまりにも酷いので子どもに怒って引き離すと“なんで怒るのよ!子どもはね!そういう生き物だから好きにさせてあげなさいよ!”っていうみたいに、ブニャブニャと言ってくる)、また、子どもが猫にちょっかいをかけて、“ちょっとこれは我慢できないわ”となって逃げてきた後、こちらに向かって(というか妻に向かって)“あなたの育て方がわるいのよ!”と言いたげにブニャブニャ長文ででいうような猫でした。ブニャブニャいうときに、こちらが反応しないでいると、“ちょっと!聞いてるの!”というように、続けて何度も言ってくる猫でした。


自分は、理性では(?)猫が人間の言葉を完全にわかることはない(単語レベルではわかるとは思っている)し、話が通じているように見えるのも、こちらの顔やしぐさにでる感情を見て、それに反応しているだけだと、思っている、いたのですが、おしおに関しては、本当に、言葉が通じていて、ただ、おしおは、猫なので、人間の言葉が離せないから、言葉が通じていない、んだろう、と、そのように思えたし、実際、おしおに対して、毎日、そんな風に接していました。


おしおは、うちの家での立場というと、飼い猫というよりも、姑、小姑でした。おんなとして一番えらいと思ってる。それは美人とかそういう女のレベルのことでなく、この家の女としてのえらさ。ただ、おしお自身美猫で、自分でも、自分が美しいと認識しているみたいだった。


おしおは、1歳まで別の家にいて、その家から聞いた話によると、とてもきれいな母猫との雑種で、小さい頃はその飼い主から、“ホワイトキャンディおしお”と言われていた。実際に美猫で顔だちの骨格も洋猫の血を引いているようではっきりとしていたし、毛並みは、長毛ではないけれどもふわふわで、とても良い毛皮みたいだった。目の周りだけ皮膚の色素が黒かったので、まるで、メバリを入れているみたいだった。(あの外国のファッションモデルがよくやるようなメイクを標準で実装)一応、毛の柄でいうと、白さびになるのだろうけれども、しっぽの部分と手先の部分だけほんの少し縞模様になっていて、それアクセントだった。小さい頃は体中真っ白だったけれども、年齢を重ねるごとに色が強くなってきた。手の肉球はピンク色と黒色がまだらになっていて、なんとなく高級感があった。


ただし、毛づくろいが下手で、(自分はうまいと思っている)ゴマの毛を逆さに毛づくろいして、気が付くとゴマの毛が逆立っていたり、身体から、湿気たよだれのにおいがした。(そしてそのときのゴマはいつも、なんとかしてくれよ)みたいな顔をしてた。あと、水飲むのも下手で、水飲みながら、舌先から水がはねて、あたり水滴だらけになっていたし、鼻の頭にも水飲んだ後はいつも水がついていた。


他にもいろんなことを思い出してた。


家に帰ったら、もう電話がかかってきていて、膵臓だったという、簡単な説明と、聞きに来てください、という連絡をもらっていた。自分たち家族4人と、おしおのお見舞いにきたいと言っていた、妻の友人と一緒に、病院へ向かう。


病院について、病状の説明をしてもらう。検査はCTで行った。本当は麻酔をして、造影剤も入れて撮影するけれども、弱って動かないので麻酔なしでもできるだろうということで、麻酔なしでCTをとった。造影剤はないので、血管の状態、そういうものはわからないけれども、膵臓の部分、普通は色の差が肝臓と出ない部分に色がついていて、たぶんそれが原因だろうと。肝臓は、映像から脂肪があることが確認されて、だから肝リピドーシスがおこっているのは、間違いないだろう、ということ。膵臓は腫れているけれども、それが、膵炎なのか膵臓癌なのかわからない。ただ、そこが腫れて炎症を起こしているので、それに伴って十二指腸が腫れて、そこから先に行かなくなっているらしい。


膵臓は、なかなか悪くなっても判断ができないし、悪くなっても気が付かない。定期的な検査でも検査できない。いつから悪くなったのかすらわからない、ということで、予防とか事前にわかるとかはできないものだった。わかった時には手遅れになっていることが多い。最初、糖尿病だと思って、糖尿病だったらよかったのに、と思って、肝リピドーシスだといわれて、これで決まりで別の病気でないことを祈っていて、でも最終的には膵臓の病気だった。


膵臓癌か、膵炎かわからない。でも、分かった結果、これ以上、治療としてできることはない、ということだった。内科的には、今までの、点滴で栄養分と肝臓の薬を投入するだけ。膵臓に対する薬も存在するけれども、それは肝臓に負担がかかり、今の状態では使うことはできない。外科的な処置、お腹を開けて幹部をみて何かできるか様子をみる、ということもあるけれども、膵臓は場所が難しいところにあるということや、原因もまだわからないので、お腹を開けてみても、何もできずに閉じることになることにもなるかもしれない、ということだった。なにより、今の体力では、全身麻酔をしたら、そのまま目を覚まさないだろう、ということ。あとは本人の自己治癒力に期待するしかないということだった。(ただ、ここ何日の絶食状態で体力が落ちているので、難しいだろう、ということ)


なので、病院でできることはないし、今してる治療も、通院でできるので、できれば、家でいてあげてほしい。本人のストレスの問題もあるし、自宅だと安心する。なので、自宅で過ごさせてあげるのもいいかもしれません、と自宅での療養を提案された。そして、自宅へ連れ帰ることにした。


そのあと、おしおと面会。元気はなかったけれども、友人が、婚活に失敗した話をしたら、その時だけ反応したのがおしおらしいと思った。今日、これから、帰るという話をした。


今、病院でできる治療を全部して、家で何もしないでいいように、今日の夕方の治療まで終わらせてからお渡しするのがいいでしょう、ということで、今度は7時くらいに来ることに。一回駅前までいって、買い物をした。いつもの家で使う食材と、おしおの好きなもの。いつもは体に悪いからと言って食べさせないもの。缶詰とか、生クリームとか。長男と一緒にスーパーを回って、いい猫餌をさがす、ちゃうちゅーるを買うと、長男が「きっとおしおよろこぶねえ」と明るい声でいった。缶詰を選んでいるとき、猫の年齢別になっていて、10歳から、15歳から、17歳から、とシニア用の缶詰が並んでいて、10歳からの缶詰をとった。この先の缶詰はもうないんだな、この先の缶詰を食べる、別の猫はいるんだな、と思った。あと、薔薇の花が好きで、お祝いにもらった薔薇の花を以前むしゃむしゃ食べていたので、花屋で一番香りの強いバラをください、と言った。


、妻と子どもは先に家に帰って、自分が引き取りに行く。猫の移動バックがなくても、もうそんなに動けないので、エコバックみたいな鞄にバスタオルを入れたもので引き取りに行った。家に帰れるとわかったおしおは少し嬉しそうだった。帰りの中のタクシーでバックの中から顔を出して、外を見たがった。おしおは、いつも窓のそばから外を見ている猫だったな、と思った。少しノーンというような声で鳴いて、いつもだったら絶対に出さないような弱い声だったけれども、病院では鳴こうとしても、ものすごい小さい声で息が漏れるような声だったので、少し安心した。


家に帰って、はしゃぐ子どもをみて、おしおは少し嬉しそうだった。


トイレに行こうとして、トイレの段差を超えられなくて粗相をしてしまった。


恥ずかしいのか、そのまま、お風呂場へいってしまった。


居間に連れてくる。撫でられていると少し嬉しそうだった。


長男が、「おしお、おかえり」といった。


買ってきたご飯は食べなかった。胃の中がパンパンになっているから辛いのかもしれない。


だた、チャウチュールという名前を長男が行ったとき反応した。普段CMをしているのを聞いて、覚えていたのかもしれない。おしおっぽい。


他の猫は、病院の匂いがするのか、警戒してこなかった。


そのあと、また、お風呂場へ行こうとする。たぶん、体が悪いから涼しい場所を探しているのだと思う。ただ、お風呂場はあまりにも寒いので、あとで、今に連れてこようと思う。


子どもたちがお風呂に入る。そういえば、子どもたちがお風呂に入っているとき、いつもお風呂場の外で様子をうかがっていて(お風呂で子どもがひどい目に合ってるとおもっている)いつもお風呂から上げるとニャゴニャゴいっていたので、お風呂の前で、そのまま待たせたまま子どもたちをお風呂に入れる。少し嬉しそうだった。


おしおの鼻の穴からは鼻水のようなものが出ている。逆流した栄養剤のようで、やっぱり、胃の下から先に行ってないみたいだ。



お風呂に行こうとして、歩くのもしんどい体でベビーゲートを飛び越えようとして途中でベビーゲートにぶち当たっていた。驚いて、扉を開けてあげた。騒がしいのがちょっと辛いのかもしれないので、みんなが寝たら居間に連れてこようと思った。


部屋の中、窓のそばやソファの下や、あちこち歩いた後にベビーベットのしたに落ち着いた。


近くに布団を敷いて、今日はそこで寝ることにした。


おしおはこっちを見る姿勢で、猫座りをしていた。


撫でたりしながら、いつの間にか自分も寝ていた。


翌朝、いっちゃん(イリタ、猫)不安そうな鳴き声でずっと鳴いているので目が覚める。自分が病気の時とかに出す声で。


いっちゃん以外の他の猫(ゴマ、マメ)も不安とストレスで不安定になっていて、おしおのすぐそばには近づかないけれども、みんな、部屋の中にいて、じっとおしおを見ていた。


おしおはやっぱり昨日よりも具合が悪くなっていて、鼻から、栄養剤が結構戻っていた。やっぱり胃から先に行ってない。


鼻の下の汚れを拭いてやる。ほらきれいになったねー、いつも通りかわいいよーと声をかける。


嫁が起きてきて、口の中が乾いてしんどそうだから、といってスポイトと水で口を湿らせる。少し口が開くようになったみたい。


缶詰を開ける。小さいころ、缶詰をよく食べていたので、その音がすると未だに反応していたから。人間の食べるツナ缶が開く音がすると近くに寄ってきて、気が狂わんばかりの声で鳴いていた。缶詰を開けたんだけれども、あのプシュ!という音のしない缶詰だったみたいで、音がしないので、こっちを見なかった。ただ、缶詰の中身のにおいをかがせたら少し反応した。結局食べなかったけれど。


長男が起きてきて、おしおをなでる。「おしおおはよー。おしおかわいいねえ」と言って頭を撫でる。おしおも少し嬉しそうだった。おしおは子どもを孫みたいに可愛がっていたので。


妻とおしおについて話してると、おそらく、本人のブニャブニャ!と同じようなしゃべり方で(ほとんど声は出ていなかったけれども。ナア、ナア、という感じ)声をかけてきた。


自分は、おしおが何か言い残したいのかも、といって、妻はそこまで殊勝な猫ではないので、きっと、「このしんどいのをどうにかしなさいよ!」って怒ってると言っていたのだけれども、あとで考えると、「ちょっと!勝手に私を死んだことにしてるんじゃないわよ!」って言ってたんじゃないかな?って思う。


朝、病院が開く時間になって病院に連れていく。


病院に行くよ、っていうと、病院へ連れていく鞄のバスタオルに寄ってきて、わかってるんだな、と思った。


行く途中、少しだけ外を見た。ちょっとだけ、町の感じが、昔、おしおが家出した場所に似てたし、昔住んでいた場所に似てるのかもしれないと思った。


病院では、もうできることはないので、ということで皮下点滴で水分と、ちょっとの栄養だけ。注射で3回背中に入れて、ほんの5分で終わった。家で過ごさせてあげてください、と言われた。だいぶ意識が朦朧としているみたいだった。


家に帰ると、妻が泣いていて、おしおがいないと、これから子育てをしていく自信がないって言っていた。子どもを叱りすぎたときとか、いつもおしおが叱られた子供のフォローしていたし、妻をブニャニャニャ!と“子どものしたことにそんなに怒らない!”って怒ったりしていた。他にも、たくさん。おしおは子どもの世話をしていたので。


家に帰ると、おしおはやっぱり、もっと動けなくなっていて、自力で鞄から出れないくらいになってた。もしかしたら昔の夢を見てるのかもしれないと思った。


長男が、おしお、って言いながら撫でる。死という概念がないのかもしれないけれども、でも、そんな風にいつも通りおしおに接していてくれるのは救いだと思った。


この病気は、ただただしんどいだけで、苦しいとか痛いとかないのがよかった。いつ最期になるかわからないけれども、それまで、一緒にいれるといいと思った。


10年家で暮らしていて、今日までで、苦しいのが、全部合わせても、10日くらいしかないのが、良かったと思った。