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マメのこと②_日常エッセイと思い出のこと

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今日、家族全員で出る用事があって帰ってきたら、いつものように居間のテーブルの上にマメがちょんと座って「おかえり?どこいってたの?」みたいな顔をしていたので、いつもみたいに「ただいまめちゃ」っていってマメの頭をなでたりした。

思えば、マメはお出迎えをする猫で、家に帰ってきたら必ず玄関先にいたし(いるし)そのたびに、「ただいまめちゃ」っていうのが習慣になってた。大体人間の近くにいる猫なので、いま、キーボードを打っているこのモニターの隣でぼんやりと寝っ転がってます。たくさん人間がいるとそっちの方に行って「なにかたのしいことしてる?」みたいな感じで覗き込んでくるし、子どもたちがふたり一緒に何かしてたら必ず来て、一緒に遊んでるみたいになってる。今日も、長男と次男が、トーマスのおもちゃで二人で遊んでいたらそばに寄ってきて「なにしてるの?」って感じで、ふたりに鼻つんつんしてた。猫挨拶。猫は、出会い頭に鼻を突っつき合わせて挨拶する。その後、やっぱりいつもみたいに、次男にトーマスのレールにされかけてテッテコ逃げて行ったけど。

うちで、一番ホストする猫は、いまはもういなくなってしまったオシオで、イケメンの郵便配達員がくると必ず玄関先まで行っていた。(足音でイケメンかどうか分かるらしい)お客さんが止まりに来ると積極的に膝の上に載って撫でさせていたし。(それ以上に尻を叩けとねだっていた)マメちゃんはその次にホストする猫で。とにかく全身から「人間が好き!」っていうのを出している猫で。人がくると、グルグルとものすごい大きな音を立てて、目を見てくるタイプの猫だった。「スキ!」「スキ!」っていうメッセージ。


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マメちゃん開封の儀の写真。2008年12月30日。


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マメちゃんが初めてうちに来た頃。


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仕事を邪魔するマメとイリ


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上の写真と同じころ。ゴマと、まだ元気だったオシオ


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毛玉を飲み込んでしまって手術したとき


昨日から、自分も嫁もちょっと元気がなくて(表面上は元気にしてても沈んでて)そうするとマメちゃんがやってきて「どうしたんですか?げんきないですか?マメちゃんは元気ですよ?」って感じでいつも元気ない時みたいによってきて元気づけようとするので、それがなんか、マメちゃんだなあって思って。

自分は、となりの801ちゃんみたいな漫画を描いていますけれども、日常エッセイ漫画が苦手。日常エッセイ漫画というか、ドキュメンタリーとかそういうジャンルの話になるのかもしれないですけれども。だってエッセイ漫画って嘘じゃないですか。日常って実際意味も無くて、連続はしているけれども意味の連続性も因果もなくて、物語性のない出来事とも言えないことの積み重ねが日常じゃないですか。それが日常エッセイとして漫画にしたりしたときにそれは物語になるし、悪かったことや辛かったことも、のちに起こる良いことのための因果の一部になってとして語られるし、その「パッケージされた一つの流れ」の外にあるこまごまとした出来事は”無かったこと、あるべきではないこと”として排除されるし、語ることのできる辛い出来事は、それも楽しい思い出っていう形に変換されてやっぱり物語の中に回収されていく。

そういう風に上書きしていくことによって、“本当にある何でもない日常”っていうのが物語になって行ってしまって、でも自分は、それがその出来事や思い出に対して、誠意が無いって、そう思ってた。でも、それは、誠意とかそういう話ではなくて、日常のいいところだけ切り取ったりするエッセイ漫画は嘘とかそういうものではなくて。

エッセイ漫画と思い出って、すごい似てる。思い出は、どんどん思い出補正がかかって、それに付随するエピソードがどんどんかかわりを持った話になって行って、自分でも気が付かないうちに物語にしてる。存在するか分からない相手の感情とかも忖度して、一つの物語になってく。

そうしてないとどんどん色んな事を忘れて行ってしまう。記憶や思い出をそういう風にして、留めて行かないととどまらないから、そうやって思い出して、出来事を嘘にして、いいことだけ切り取ってアルバムにしてくのがエッセイとかエッセイ漫画なんだなって、なんかそういうのを考えてた。

ずっと、オシオの話とか、いまの、猫と子どもとの生活とか。そういう漫画が描けなかった。自分の中の”これは自分の中の「本当の出来事」を創作という行為で上書きしてしまう行為”だと思っていて。でも、そういうものを書いていこうって思った。色んな事は忘れてしまうし、どうしたって出来事はそんな風にしか覚えていられないものだから。



「今年の正月は実家にちょっと長めに帰る予定だったけれども、すこし短めにする」という電話をさっき嫁がしていた。嫁の母も、一回こちらにとまったときにマメちゃに会っていて、そのとき、一晩中枕元で「すき~人間がすき~」って感じでずっとゴロゴロ言われていた。(マメのゴロゴロはものすごく大きい)(うるさすぎて夜眠れないほど)(だからマメが枕元でゴロゴロいっていると人間は布団を頭からかぶって寝ることになる)

マメちゃんは少し猫喘息があって、よくゴヒュゴヒュとせき込むんだけど、その原因が、カゴや衣装ケースのフチに喉を乗せて、のどが圧迫される形で寝てるからで、身体をまっすぐにしてやると治まるんだけれども、自分でなんで咳が出るか分かってないから姿勢を直してやって咳が収まる度に「あれ?楽になりました。なんででしょう?」みたいな顔をする。(だからいつもそのたびアホアホまめちゃって呼んでた)それが続くと慢性的な喘息になると言われていたから咳をするたびに移動させてやっていた。

だからもし、介護することになったら、そっちの咳とか喘息の方が先かもとか思ってたんだけれどもなあ。

何時、子どもに話そうかっていう話を嫁としていて。ある一定以上、体重が減ったら(3.5kg)話そう、っていうことにした。それまでは、普通の日常として息子らにもマメにも暮らさせてあげようと思って。あと、これから、今まで避けていたけれども、オシオの話をしていこうと思って。思い出話とか、今、どうしてるとか、天国とかの話とか。嫁は、まだ、オシオのことを思い出すのが辛くて、嫁が一番話をできないのだけれども。
今日、お風呂でオシオどうしてると思うとかそういう話をしようとしたら「わかんない」って言われて少し困った顔をしたので、やっぱりまだ、長男はオシオのこと複雑なのだと思う。オシオが最後にいた動物病院の前を通ったら「オシオ、いま、ちゃんと寝てるかなあ?」って言ったりもする。

子どもとか、他の猫のこともあるので大人がしっかりしないとなって思った。










オシオのこと。オシオが今、どうしてるのかを説明するために絵本を書くのはどうだろうって思って、お話を考えたんだけれども、子どもに見せる絵本ではない感じのお話になってしまった。
オシオは、お葬式が終わった後、天国みたいなところに行って「さあ、そろそろ次は人間ね?」って思ったんだけれども「まだ、徳がたまってないからまた猫ですよ」って言われて怒ったオシオがその、天国と現世の間に猫喫茶を開くっていうお話。猫喫茶だけど、夜になるとお酒が出るタイプの店(スナック)。
そこに、恋愛に疲れた人とかが相談に来たりして益体もない返事をしたり、客に対して文句をいったり、イケメン連れてきなさいよ!って言っておこったり、他、やってくる他の猫に、カリカリを振る舞ったりする。
ちなみに嫁の友だちの婚活失敗話が一番好きだったオシオは立ち上がるのも辛くなってからも婚活失敗話には首をもたげて目を輝かせていたので筋金入りだと思う。
他にも嫁の腐女子友だちが集まって萌え話をしているときは心の底から馬鹿にした感じでわざわざため息をつきにいったりしていた。(嫁はオシオは腐女子を全く理解できないBL地雷の夢女子タイプだからと言っていた)
ただ絵本にするにあたってオシオが生前相談に乗っていた恋愛相談が、不倫っぽい話だったり、婚活だったり、シビアなのが多くて、とても子どもに見せるタイプの絵本に仕上がらないのでボツ!

マメのこと

今日、朝、ふと、マメ(うちの4匹目の猫)の身体が妙に軽いなと思って、体重を測ったら4.2kgだった。この間測ったときは(そしてずっと長い間)5.6kgだったので、これは何かあると思って病院に連れて行った。見た感じは全然異常はなくて、脱水もなく食欲もあった。

病院でも、見た目と触診では分からなくて、半年ぶりに血液検査をした。30分待って結果がでて、体重減少の原因が分かった。慢性腎不全。ずっと、数字のところが見えなくなって、でも残り時間を刻んでるタイマーの、残り時間の部分が開示されたみたいな感じ。

猫にとっての慢性腎不全は宿命のようなところがあって、なるのを予防することもできないし、進行を止めることもできない。ある意味寿命に近いようなもので。体重が、一時期に比べるとすごい減ってるというのは今日気付いたのだけれども、数か月かけて減って行っていたのだろうという先生の見立て。でも、早く発見していたとしてもどうしようもないっていうこと。(体感としては先週は普通に重たかった)

マメは、猫の種類はメインクーンで現在7歳。メインクーンという品種は、そもそもこの種類の病気にかかりやすい品種で、また、マメちゃんの場合は、生まれつき片方の腎臓が動いていなかったらしく、こうなることはもうずっと分かっていて、だから、ああ、もう、そういうことなんだなあって思った。覚悟は、結構前からしていたのだけれども、やっぱり、カウントダウンが始まると、辛い。

今の、ここまで体重が減った状態は、人間だったら人工透析を始めましょうか、というレベル。腎臓の75%が動いていない状態で、それは改善することはない。で、今から、治療としてできることはない。っていうことだった。家に帰って、とりあえず今の段階でご飯を食べているか、水を飲んでいるか、確認して、これからの食事量もちゃんと食べてるかみて、食べれなくなったら、点滴や食事を変えたりなどして食べられる状態にして、ということをしていくということ。血液検査も今後は無い。好転することはないので血液の状態を調べても仕方がないっていいうことらしい。この状態であとどれくらい、ということは言えないけれども、5年生きるということは絶対にない。3年生きたという子もいるけれども、急に悪くなるということもある。半年から1年、それくらいを考えておいてということだった。

色々な事を考えてしまう。今年の春に1匹目の猫であるオシオが他界したばかりなのに早すぎるとか、やっと、彼女がいない生活にも慣れてきてみんな落ち着いてきたのにとか、長男が、その後ものすごく情緒不安定になってしまって、今回も、とか。子どもに死を体験させた方が良い理解させた方がいいっていうようなそういう考え方の人もいるけれども、自分はやっぱり辛いことはない方が良いし、人や、親しい生き物が死ぬっていう事はその子供の10倍近く生きてる自分でも、いまだに理解できないし整理できないし、受け入れるとかそういうの無理。避けれる物なら避けた方が良いって思う。生きて残る側になっている限り避けられないんだけれども。

マメちゃんは、ホームセンターのペットショップから引き取ってきた猫だった。生まれた時は40万の値がついていたのだけれども、ずっと売れ残っていて、処分される寸前に、他色々な道具と一緒にワクチン二回分病院代込み10万円で身請けしてきた。どんどん値下がりして成長しないようにベタベタのごはんを食べさせられているのを嫁がずっとみていて。ホームセンターのペットショップ許すまじな話は色々あるんだけれども、とりあえずマメちゃんはそのペットショップのケースの中でいつもお腹を空かせていて、メインクーンなんだけれども成長期に十分な栄養を摂れなかったせいで、メインクーンにしてはかなり小さめな猫になってしまった。(だから名前もマメ)。年末。今日売れなければ処分されるということで、そのペットショップのバイトがその猫を抱いて泣きながら店内で買ってくれる人を探していた。それで、店の人と話して引き取ることにした。

それまで一番下だった、イリっていう猫がお姉ちゃん風をふかし始めて色々教えたり一緒に遊んでいたり、(マメが発情期を迎えた時に、「弟なんかじゃない!」みたいな感じで、姉弟的な関係性は終わってしまった)ずっと、一人で暮らしていたから猫同士のじゃれあいの距離感とか力加減とかが分からないで孤立したり、あと、猫と猫間の適切な距離感が分かんないで、ケンカになったり。マメちゃんが一人だけ猫しぐさが分かんないまんまだった。あと、やたらと毛布をふみふみする猫だった。ビニール袋をとにかく舐めたがる猫で、早い時に親元から離された猫ってこうなるらしい。胴体ががっしりしていて、猫って結構踏んだりそういうことがあっても、内臓の位置がぐにぐに動くので大丈夫なんだけれども、他の猫みたいに溶けたりしないので、そういうところで不安だった。甘えるとか人間が好き!っていうのを隠さないので、猫というよりも小型犬みたいな猫だった。メインクーンっていう品種はそういう猫らしい。

次男と自分の事を兄弟と思っている節があって、次男におやつを上げていると隣にやってきてずっと次男の顔を覗き込んでいる。座る次男と目線の高さがほとんど同じで、すごく仲がいい感じに見える。

2か月くらい前に、小さい衣装ケースをおもちゃの片づけるようにとかって、高いところに置いておいたのだけれども、そこに入り込んですごい今までにないくらいに安心していて、小さい頃の経験からああいう場所が一番安心して落ち着くのかなっていう話をしていた。衣装ケースを本来の用途に使ったら、不満そうな傷ついた顔で見てきて、だから、結局その衣装ケースはまた高い場所に置いて、マメちゃんの寝床として使ってる。

オシオがいなくなってから、それまではずっと仲が悪かったごまととても仲が良くなって、今日も、病院に連れて行こうとしてマメをかごに入れたら、一番怒ってきたのはゴマだった。帰ってきても一番先に猫挨拶してたし。


もう何十年も生きてるのだけれども、悲しいことに慣れない。どうやって良いのか分からない。これから来ることに覚悟が決まらない。そもそも覚悟って何か分からない。自分は神様を信じていないし、死んだ後の意思(幽霊とか死後の世界とか天国とか)を信じていないし、宗教もなくて死んだら無になると思っているし、実際そうだと思っているから、死んだら死んだっきりだと思ってる。死んだ相手は、もう辛いとか悲しいとかないので、悲しいのは残った側だけの問題なんだから、特に自分が悲しいと思わないと悲しいことはないので自分一人だったら悲しいっていうのを感じないようにすればいいんだけれども、生活してると他の動物とか子どもとかは悲しむし、いなくなって辛いひとがいるのが辛い。会えなくなるのは、例えば引っ越しとかしたらあえなくなるのと同じなのに、そしてそれっきり会えないことっていうのは普通にあるのに、死んで二度と会えなくなってしまってしまう事との違いが自分には頭では分からない。


最後辛いことになるのなら楽しいこととかなくていいと思うし、特に何もなくってずっと洞窟の中で暮らすような人生がいい、楽しいこととかは最後辛いことになるから。そういうのは間違ってるとか言ってくる人はいるしそれが正しいのだろうけれども、できるだけ平らな方が良い。


マメちゃんはうちに来て幸せだったかどうかっていうと、幸せだったのには間違いないと思う。ずっと上機嫌な猫だったし。


残ってる時間、できれば楽しく過ごさせてあげたいし、多分、あげられるし、本人は最後まで幸せでいられると思うしいさせてあげられると思うから、なにも辛いことはないはずなんだし、だれも悲しまなくていいはずなんだけれども、やっぱりこういう事には慣れない。


たぶんこれからも慣れない。



おしおのこと - orangestarの雑記


おしおという猫のこと - orangestarの雑記


おとといと昨日の話 - orangestarの雑記


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本日撮影。相変わらず元気。

お菓子もファミコンも小さくなった!

1984年から来た人を適当な嘘でだますシリーズ。
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ミニファミコン欲しい。


ほか。1984年から来た人シリーズ。
80年代から来た人 カテゴリーの記事一覧 - orangestarの雑記




お知らせ

11月23日、文学フリマ参加します。

場所は東京流通センター。
カー4 です。

既刊中心ですが、ペーパー作れれば持っていきます。


「怪物は夢を見ない」kindleで電子書籍化しました。

C91での同人誌、「怪物は夢を見ない」の電子書籍をkindleで販売始めました。

怪物は夢を見ない

怪物は夢を見ない

怪物は夢を見ない

870円です。

収録作品は

  • それはたぶん祈りのような
  • 何か替わりに削るものが必要なんだ
  • ゴリラを殺す仕事
  • 背中の怪物
  • ボタン押した?
  • 地獄だぞ!
  • 怪物は夢をみない


となります。

は、orangestarの雑記内に掲載していますので、是非こちらもご覧ください。

ほか、kindleで販売している電子書籍に以下のようなものがありますのでこちらもどうぞよろしくお願いします。


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