orangestarの雑記

小島アジコの漫画や日記や仕事情報など

不可解参(想)にまつわる(私が)気持ち悪い話

感情、ログに残さないと忘れていってしまうからね。書かないでおいた方が良いことではあるのだけれども、これも、ログだからね、ということで当時思ったことを書きます

不可解参(想)とは何かというと、神椿からのカンザキイオリさんの卒業です
そして、『花譜(プロジェクトとしての花譜)』の方向性が大きく変わった瞬間でもあります
そして、花譜さんとカンザキさんが別の道を歩き始めたという事でもあります
14歳の多感な時期からずっと一緒にやってきた花譜さんがこの時は19歳でもう少女ではなくなった時期です(こういう書き方をするとすごく気持ち悪い)
自分が花譜さんに惹かれていた理由の大きな部分に、自分の中にずっと住んでる少年の問題があります
彼は、ずっと14歳のまま成長が出来なくて、ずっと世界と自分との齟齬を憎んで、世界とうまくやっていけなくて、理不尽に悩んで、怒って、叫んで、悲しんで、恋して、願って、希望をもって、絶望して、そういう存在でした(これは自分だけではなく、男の人の中にはずっとその少年が住んでいるのだと思う)
彼が、成長する花譜さんという存在に共感して、そして、掬って救ってもらって、だから、彼女のことがすごく大切になったのだと思います
(だって、花譜さんと出会うちょうどその頃、色々と所作に困っていた自分は、自分自身のためにその少年を殺すしかないと思っていたので)
だけれども、彼女は成長して、高校を卒業して、大学に入学して、大人になった
僕は置いていかれた
「花譜―っ!大人になるなーっ!俺を置いていくなーっ!!」(←すごく気持ち悪いことは自覚していますが、でも、感情のログだからね……)
いつも女の子の方が先に大人になって、少年の方は置いていかれるのが世の常ですが、それがすごくあった

そして、カンザキさんは、だから、神椿を(そして『花譜』)を卒業したんだと思います
実際あれを私は、卒業したというよりも『置いていかれた』という風に感じました
花譜ちゃんは大人になっていくのに、カンザキさんは彼の中の『少年』を捨てられなかった。彼の中の少年を見捨てて前に進むことが不誠実だと言った
去っていく、前に進む花譜ちゃんを見て、その背中を、最後に押す、振り返らないで進む花譜ちゃんの背中を
その歌が「春を発つ」で、この歌は、もう、何回聞いても泣けます。もうボロボロです(この歌から着想を得たお話があってプロットも組んだのですが、それはまた別の話、置いてかれる、老いて枯れる話です)

(で、それで、花譜さんを推すのをやめたかというとそんなことは無くて、やっぱり花譜さんのことが好きです、楽曲も声もそういうフィジカルなところも好きだし、何より、自分が本当にボロボロになっているときに救って下さった恩人なので……)


そんで、今回のライブ、Twitterで感想を漁っていて、次のような感想を見ました

かなた@tn4mdg1
花譜と同年代の観測者の一部は渋い顔をしていて、大人の観測者は良かったと言ってるのが今回のライブをよく示してる気がするな

私たちにとっては成長した彼女だけど、同年代にとっては一緒に歩んできた彼女なんだよな。22歳、普通に働いてる人もいる中でみてる目線はまた違うんだと思う

https://x.com/tn4mdg1/status/2028136948112732244

ないろん@nylon2434
我々はもう過去の自分と比較することしかできないけど同年代の方々は比較して、影響を受けて、さらには進む道まで選べるというのが本当に羨ましい

https://x.com/nylon2434/status/1217134745286369281

かなた@tn4mdg1
最近の花譜はアイドルを超えてクラブカルチャーに寄ってる。
音楽性がそれだし、TikTokで踊って楽しむ音楽性を志向してる。
古の観測者がターゲットから外れて落ちたように、今度は不可解からハマった観測者がターゲットから外れるターンがきてるだけだよ。カンザキイオリはもう神椿にいないんだから

https://x.com/tn4mdg1/status/1826555938024948104

ものがたりに出てくる登場人物を友人とするということのお話を少しします
何処かの誰かのブログか書籍かで、ドストエフスキーのものがたりに出てくる登場人物たちを、自分の友人にする人のエッセイを見ました
他にももっと下世話な方で言うと、エヴァのアスカを自分の人生の一部にしてしまった人も知っていますし、深く、深く、触れ合ったものがたりの登場人物というのは、その、触れ合った人の人生の一部になる
まず、これを事実として話しておきます

そして、花譜さんに深く触れた人たちは、花譜さんを友人にしたのだと思います
でも、物語の中に出てくる友人と違って、花譜さんは変わっていく、水がひとところに留まれないように、人もうつろい変わっていく
仲の良かった友人がいても、別の進路を選んで、疎遠になっていく事は、人生で普通にたくさんある事で、そして、花譜さんと同じように成長した同年代の人たちは同じ様に、ささやかな別れの時にいるのかもしれない(そしてそれは、もうその時期を過ぎてしまった自分からするととても羨ましい)

私は、私と言えば、14歳の少年はもう取り残されて、でも、花譜さんとの出会いと別れは覚えている。きっとそれを糧にして前に進める
そして、自分の本体の方は、花譜さんに背中を押されて、今日の生活を、明日の生活を、一日一日、頑張っていけます

ありがとう花譜さん、これからも応援していきます


(すごく気持ちの悪い文章だという自覚はあるが、それでも、こういう人間もいるというログは残していかないとならないとと、思って)(こういう感情のログって世界に残らないから……)











それと、全然関係ないんですが、毎回毎回ライブや新しい神椿の企画が始まる度に
『PIEDPIPER(プロデューサー)悪い大人だな~~~~~~!!!!!!』
って思う
(自分のこと笛吹き男って名乗る大人が良い人間のわけないだろ!)

大人には色々な冠詞があって

  • つまらない大人
  • 物分かりの悪い大人
  • 汚い大人
  • ずるい大人

などがありますが、大人になるってことは、大抵、ずるくなったり汚くなったり(それはそうすることが全体のために正しいからとかそういうちゃんとした理由がある、大人には守らないとならないものがたくさんあるんだ)するんですが、悪い大人はそんなことしない、ただ、面白いことを面白く、悪だくみをしながら仕込んでいって、人をわっと驚かすことに命を懸けてる(山師とか呼ばれる)
本当に悪い!悪い大人!

自分もそういう悪い大人である部分があって、見習わないとな!と強く今回も思いました!
面白き、ことのなき世を面白く!(この言葉がBIOに書いてある人間はつまらない、というネットミームが流行りましたが、そういうのこそつまらないと思う。面白くやっていこうぜ!)






閑話休題を挟んで、今回のライブのこと再び
今回のライブは本当に楽しかった!楽しい、後に何も残らない、ただ楽しいだけ残って、そして、明日から頑張れるということを重視したような構成だったと思う。ライブが終わっても3日寝込んだりしない!
誰かの何かになって、そして、誰かの何かであることが終わった後、残った自分自身と、私と、あなたで、どうやって新しく関係性を作っていくのかの『正解』を見せてもらったような気がしました
ふたつくらい前のブログ記事で自分が「だれかのなにか」だった時の話をかいて、そして、その次にどうなるかを失敗した話を描いたのですが、こういう正解があったのだな、というのを見せてもらった気がしました

そういう意味でも良かった、これからもずっと友人でいて下さい!