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ドキュメンタリー「幻の動物王国」が「コワすぎ」みたいで怖かった。


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amazonプライムに入っている「幻の動物王国」という映画をみました。ドキュメンタリー映画です。

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どういう映画化というと

1990年。千葉の奥地で数百匹の捨て犬を養う男が日本中で話題となった。テレビ・雑誌から「愛犬家の神」と崇められ、狂気と紙一重のカリスマで多額の寄付を集めたその男・本多忠祇さんと、彼の王国である「しおさいの里」。配下のボランティアに大雑把な飼育を暴露され、日本中のマスコミから手のひら返しの大バッシングを受けた本多さん。支持者はひとり残らず去り、国民から忘れ去られ数十年の月日が経った今もなお、不法投棄された廃棄物のなか、たったひとりで沢山の犬を養い続けるその真意とは。(公式の説明)

という映画で、千葉の田舎にたくさんの犬と一緒に廃材で埋め尽くされた空き地に住んで生活している男の人をただ映した映画です。お話の終わりは、いつの間にかこの本田さんが亡くなっていて、犬もいなくなっていた、というものです。このドキュメンタリーを観ている最中になぜか、「コワすぎ」や「放送禁止」シリーズを思い出してしまって、どうしようもない不安な気持ちになってしまった。
最初は、この初老の人が、そのようなシリーズに出てきそうな感じなのかな、って思ったのだけれども、そうではないことが見ているうちに分かってきました。
ドキュメンタリーというものは基本的に恐ろしいもので「放送禁止」や「コワすぎ」シリーズはその恐ろしいところを戯化して見せているだけに過ぎないんだ、ということに。


本多さんは100頭以上の犬と暮らしているけれども、別に犬好きではないと本人は言っている。本多さんが犬と暮らしている「しおさいの里」はかつてテレビでも取り上げられたことがあり、そのせいで、飼えなくなった犬や病気になった犬をその近所に捨てに来る人が絶えない。土佐犬やらでかい犬、凶暴な犬、犬種を問わず捨てられていく。本多さんに噛まれたりしないんですか?と聞くと普通に何千回も噛まれたと答えて、逃げる犬を追いかけてって一緒に散歩してたらふく食わしてやればどんな犬でも言うこと聞くようになっちゃう、らしい。皮膚病になって捨てられた皮膚がビロビロになった犬を、「こんなのクレゾールの原液で洗っちゃえばすぐに治っちゃうんだから」と言っていたのが印象深い。家を放火で焼け出されてしまったと言っていて、今は犬と一緒に廃車になったワゴン車の中に布団を敷いて、その中で寝起きをしている。そして朝の4時に起きて犬の散歩をしに行く。


世間一般で観られているドキュメンタリーというものは、“ひとそのもの”を写すものではない。まず物語があり、その人を含む事象に対してのテーマがあり、それに沿った絵を集めて、それに沿った話に編集をする。ドキュメンタリーを撮ろうと思った時に、そして誰を題材にするかというものが決まったときに、もうすでにストーリーというものは出来ている。途中でその想定が現実と違ったとしても、(誠実な作家なら)“その違った現実の姿”という形でやはり新しい物語を作る。そこには作為があり、なにがどうなってどういう結末を得たという起承転結がある。その人がどうしてそうなったのか、そしてどうなるのかには因果がある。


だけれども、現実に生きている人間にはそんな分かりやすい物語はない。人生は複雑であり、様々な原因があって今の姿になり、そして行動も一貫性があるわけではない。人がどこからきて、何物で、どこに行くのかということに関連性もなく、そして、分かりやすい理由もない。人生は怖くて複雑だ。


この「幻の動物王国」は、そのような“物語”を見出せるような編集が行われていない。それが意図的なものなのか結果的にそうなってしまったのかは分からないが。本多さんと出会って、そして話を聞いて、話を聞いて、話を聞いて、次に会いに行ったら本多さんが亡くなっていた。ただそれだけの映画だ。本多さんの話に取り止めはなく、どこまでが本当の起こったことなのか、本当に考えていることなのか分からない。そして、話をする人の常として、何度も同じ話をする。それは細部が変わっていたり、同じようだったり。ネットを調べれば本多さんの過去の話などがある程度見つかるのだけれども、映画の中ではそういう資料を一切示さずに、ただ、本多さんのインタビューとカメラマンの会話だけで終始する。広い空き地の中の、生活の道具や、犬とどのように生活しているのか、だれがここにやってくるのか、そういう話の合間に、本多さんの話が挟まれる。だけれども、それがどこにもつながらない。物語がどこにもない。そこには本多忠祇さんという一人の人間がいるだけだ。それがとても恐ろしい。


人の人生を覗き見るのだ。それはとても恐ろしい。だから“ドキュメンタリーの中に構築される物語”というものは、人の人生をある地点からある地点までで切り取る。人生はずっと続くのに、そして、知りえぬ彼方から始まっているのに、それがないことのように扱う。人生を1クールのドラマみたいに切り取って、めでたしめでたし。その後はもうない。だから怖くない。


だけれどもこの映画には、それがない。始まりも果ても想像できない人生が写されている。それがとても怖い。



「コワすぎ」や「放送禁止」シリーズというものは、そういう“表面的に語られる他人の人生の切り取られた物語”に対して、“ほんとうに、そう?”という疑問を投げかける、そういう作りになっているから、恐ろしい雰囲気がするのだろうな、と思った。妖怪や、その裏の人間の悪意というものは、それらのモキュメンタリー作品の恐ろしい部分の、たぶん半分くらいにしか過ぎないのだと思った。

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