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ロスジェネ心理学を読んだよ


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感想を書こうと思ってたけど、今日ちょうど、ヱヴァ破がテレビでやっていて、ああ、なんていうか本自身の話をするよりもエヴァンゲリオンの話をする方が、この本の解説になるんじゃないかと思ってエヴァンゲリオンと、当時の1999を前にした世界の昔話と、あの時失ったものと見れなかった未来の話をします。

ロスジェネ心理学―生きづらいこの時代をひも解く

ロスジェネ心理学―生きづらいこの時代をひも解く

さて、(id:p_shirokuma)さんといえばLASなんですけれども、あ、LASというのはラブラブアスカシンジの略なんですけれども、自分はエヴァ公開当時、エヴァンゲリオンのそういうファンネットワークを知らず、ソロ活動でエヴァンゲリオンにハマっていろいろこじらせておりました。大変。自分は綾波派でした。アスカの良さがわかるようになったのは年をとって、そうですね25を超えたあたりなんですけれども、リツコさんは当時からめんどくさい人だなあと思っていて、そして30を超え35が見えるようになってからは、ああ、本当にめんどくさいひとだなあと思うようになりました。そんなことはどうでもいい。アスカの話です、そしてシンジくんと、綾波の話です。
 結局、エヴァンゲリオンを語るには、まず、ノストラダムスの予言と、それ以前の70年代から続く高度経済成長を語らねばなりません。高度経済成長は、公害と、そして都市の郊外へのスプロールをひきおこしながら、しかし万人が豊かになり、ツケを将来に回ることによって、無限の未来を人に予感させる時代でした。それは、もう、人類の2000年の歴史の中でも初めてといっていい時代です。人が宇宙に行き、月面にたち、それがテレビジョンという文明の利器で世界中に放送され、科学によって、人はどこまでも豊かになり、幸せになる。そしてみんながいつかは宇宙に住むだろうということが肌感覚で共有されてた時代です。(それはエヴァンゲリオンの中に出てくる「まさに科学万能の時代ですね」という言葉にもその残滓を感じることができる)
一方で、そういう時代は何時か急に終わりを告げるのではないかという漠然とした不安が、ノストラダムスの大予言に代表される終末論をブームにしました。オウム真理教もその一派です。オウム事件エヴァンゲリオンのテレビ放映が同じ年なのも偶然ではないです。そういう70年代からの空気感が煮詰まって、決算前に蜂起したのがその95年〜99年だったんです。
しかし、終末は来ませんでした。ところで終末の過ごし方というエロゲというかノベルゲというかエロゲがあったんですが、あれは名作だ。雫とか、痕とか、あのころみんなは胸を痛めながら堤さやかなんか見てた。
終わりなんて来ない日常。結局、与えられた未来も来なくて、終末も訪れず、僕らは、淡々と続く日常を淡々と生きていくしかない。神戸の事件が起こったのも、ちょうどその95年でした。(訂正、97年でしたけど、ちょうどそのあたり)そういう年でした。生まれるべくしてエヴァは生まれたし、その時にスイッチできなかった人間はこちら側でゆっくりとさびていくしかなかったし、だれもスイッチなんてできなかった。どうしようもない未来への希望を抱えたまま、でもどうにもならない現実の中で生きていくしかなかった。社会学者の宮台さんが、そこら辺の研究には詳しいし、また、今当時90年代の宮台さんの本をみると本当に噴飯もの(本人も、あれはちょっと若かった僕もみたいなことをおっしゃってる)なんですが、完全自殺マニュアルと宮台さんの本は、同じそのどうしようもない現実に対応する若者の姿をとらえていて、そしてその適応を、「新しい耳時代に適応した進化」のように誉めそやしてる。
でも実際はそうじゃなかった。今から考えると、その可適応してる“透明な若者”は普通に病気です。病気でした。


そして、今、それから15年が経ち。私たちはみんながその病気な状態で生きていかないといけない世界で、生きてる。


結局、いま、私たちが置かれている状況は、95年から変わってないどころか悪くなっている。見せかけの未来が失われ、承認は安くなったけれどもヱヴァで言っている通り「誰かに認められたいと思っている自分は認められるようにふるまっている自分」だけで、本当に認めてほしい自分の弱い部分は結局どうにもならない。認められる個性は周りから価値があるとおもえる個性だけで。そして、そんな酷薄な世界にみんな慣れてしまった。もう、どこにも希望なんてないから。

新しいエヴァは、本当に軽薄で。
そして。まどかマギカもその部分に対しては決して踏み込まない。

エヴァのシンジのセリフで「誰かを殺すよりは殺されるほうがいい!」という言葉があります。これは3号機に誰かしらない子どもが乗っていて、その三号機を殺すことができないシンジが発したセリフです。自分や自分の家族を守ることよりも知らない他者を傷つけることに恐怖を感じるという心。他者への恐怖。それが旧エヴァのテーマで、そして、だから次の回の男の戦い、そして、誰も守りたい人がいない世界で戦う意味をなくして鬱になって、他人のいない世界を望むシンジの物語に(そしてそんな世界はないから現実に帰れという身もふたもないメッセージ)なっていたわけですが、今回の新劇場版では、それが、見知ったアスカを攻撃できない→父は息子の為に攻撃、というただの親子げんかになってました。

しかし翻ってみると、95年当時の、そういう簡単に承認が得られる世界は現実にはないから現実をみてアニメからでてって現実に帰れ、という現実自身が、2012年の今、存在しなくなっていて、簡単に人は承認を得れるし、ごまかしがきくようになって、そして、新ヱヴァがご覧のありさま。ただのエンターテイメントです。いったいなんでこうなってしまったのか。そしてこうならざるを得なかったのか。その答えが、このロスジェネ心理学に載って……

ロスジェネ心理学―生きづらいこの時代をひも解く

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ません!!!!!



もうどうしようもないよね、まあ、なんとか生きてこうぜwww
って書いてるだけ。でもそれって現実なのよね。

とりあえず、エヴァの決算は自分で自分のエヴァを描くしかないので、頑張ってなんか書きます。とりあえず来年あたりに。
早ければ冬コミに小説を書いて持っていきます。