orangestarの雑記

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マメのこと③_考えなくてもいいことを考えてしまう。

マメのこと - orangestarの雑記
マメのこと②_日常エッセイと思い出のこと - orangestarの雑記


考えても仕方ないし、できることは何もないし、考えない方がいいのはわかっているけれども、どうしてもいろいろなことを考えてしまう。慢性腎不全でマメちゃんが苦しいのとかどうかとか。体重がかなり減ってきていて、腎臓の25%しか動いていない。猫の主観は分からないので人間の慢性腎不全の症状を調べたりしている。疲労感や食欲不振、吐き気、頭痛、貧血とか。痛いのとか辛いのとかが少なければいいと思う。

ご飯を食べる様子を見ている。結構な回数、ご飯を食べに行ったり、水を飲んだりしていて、だから安心していたのだけれども、続けてカリカリ食べる継続時間が短くて、やっぱりどこか食べるのがしんどいのかもしれないって思った。

マメちゃんがいなくなった後の猫のことを考えたりしている。急にここまでマメちゃんの状態が悪くなったのって、オシオがいなくなった辛さとかそういうのが原因っていうのはあると思う。よその猫飼いのひとの話を聞いていても、多頭飼いしている猫が続けて逝ったりすることはよくあるみたい。猫のことは分からないけれども、辛いのだろうと思う。もしマメがいなくなったら、イリタよりも、ゴマの方が参ると思う。

ゴマとマメちゃんは、オシオがいたころはあんまり仲が良くなかった。廊下ですれ違ったら、すれ違ったあとにゴマがチンピラみたいに「おう、挨拶なしか?」って感じで、しっぽの毛をむしったり。(マメちゃん鈍いので毛をむしられてもしばらく気が付かない)そして、その後、オシオに慰められたりしていた。オシオは、家のほかの猫の毛づくろいをよくしてたけれども致命的に毛づくろいが下手で、イリとゴマの毛づくろいをした後は、よだれ臭くなって毛並みが逆立っているのですぐわかったし、マメの毛づくろいをした後は、首のふさふさの気の部分がフエルトみたいにごわごわの塊になってしまって、切るしかなくなっていた。オシオがいなくなってからは、そういうフエルトを首周りにつけていることもなくなったのだけれども。

オシオがいなくなってから、ゴマとマメの距離が縮まって、二人が一緒にいることが多くなった。寄り添って寝るということはないのだけれども、1mくらいのつかず離れずの距離でよく寝てることがあるし、一緒に並んでご飯を食べることも多くなった。廊下をすれ違う時、鼻と鼻で猫挨拶をして、そのまますれ違うようになった。中の悪い兄弟が、母親がいなくなったことで、距離が縮まるっていうことがあるけれども、そういう感じだった。

オシオがいなくなってから、ゴマは少し老けたような気がする。ちょっと白い毛が多くなった。マメが9歳なので、ゴマは11歳。そろそろ老人猫だし、まあ、猫なので、何があってもおかしくない。猫っていうのは、突然いなくなるって、知ったし。それでも、できるだけ長くいてほしい。他に、マメが元気なうちに、新しい猫が来て、そういうことがあれば、さみしいとか辛いとかそういうのも少しはましなのかもしれないなって思う。偶然のドロップの出会いとか、あれば、とも思ったりしたんだけれども、ゴマやイリタを拾った街とは違って、今住んでいる場所は猫のドロップ率がとっても低い。

オシオの時は、急だったので、辛いっていう感情に蓋をすることができた。それから、ずいぶんと我慢することで、乗り切ることができたけれども、これから、マメちゃんはだんだんと弱って行って、体重もどんどん減って行って、ご飯も食べれなくなって、ほとんど動けなくなって、ジャンプもできなくなって、おしっこも失敗するようになって、そういう風にだんだん弱って行って、いつかあえなくなる日が来るっていうことを想像してしまう。考えなければいいのにどうしても考えてしまうし、それに耐えられない。辛い。いま、子どもがまだ小さくて、台所とか、危ないところに行かないようにベビーゲートをつけているのだけれども、マメちゃんが動けなくなる前に、ベビーゲートが外せるようになって欲しいと思う。

オシオの時は、突然だったので、自分の中のオシオの記憶は、元気だった、姑みたいな猫のオシオのままなのだけれども、マメの記憶はこれから、弱っていくだろうマメの記憶に上書きされていていってしまいそうで怖い。辛い。

昨日の夜、寝ていると、いつの間にかベットの枕元にマメがいて、ゴロゴロいっていた。記憶にある一番大きかったマメのゴロゴロより心なしか小さい気がする。寝ないで起きていた嫁は、「警戒して不信がっているから音が小さい」と言っていた。そうだといいなと思う。おとといから、すごい辛そうにしている自分たちをみて、マメの方がすごい心配している。いつも通りに、ずっと生活したいと思う。

仕事もしないとならないのだけれども、脳をフラットにすると、急に考えなくてもいい考えがわいてきて、ワーってなってしまう。オシオの時は過ぎ去ってしまったことなので、追いやることができたのだけれども、これからのことはどうしても考えてしまう。その後の、子どもたちや猫たちのケアとか、考えないといけないこともたくさんある。今からゆっくりと準備しないといけないのに、何をしてのか、何をすべきなのかよくわからない。

猫と暮らしている時間が、自分の人生の中で12年ほどもあるという事に驚いている。長い。



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仕事を邪魔するマメちゃん
パソコン作業をしていると、モニターの前に座ってきて、仕事をよく邪魔する。見えないっていってどかしても、必ずモニターの前に座ってコウバコを組んだり、そのままでっかいしっぽをふらふらさせて、モニターを見えなくさせたり。抱っこして床においても、また反対側から回り込んでモニターの前に座る。

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マメちゃんの下唇
マズルが長くてかっこいい

他、仕事部屋で仕事をしていると、猫が寄ってくる。オシオがいるときは4匹やってきていて、パソコンのモニターの後ろ側にマメ、足元か、出窓のところにイリタ、膝の上にオシオ、足元か、机の上の棚の床にゴマっていう定位置で、猫に囲まれながら仕事をしていた。今も時々している。あったかい時は、イリタが机の上にいて、自分が作業するのを眺めながら丸くなってウトウトしている。いま、これを書いているときにもイリタがそばにいる。寒いから足元にファンヒーターを置いて作業しているのだけれども、その前に陣取っている。

ゴマは、ゴマ自身の定位置になっている机の上のロフトベット棚の座布団の上にいる。オシオがいるときからずっとそこを定位置にしていて(多分うちの家で一番いい場所)オシオがいなくなってからここで一人で寝ていることがとても多くなった。起きてるときは寂しいのかよく膝に乗ってくる。うちで膝に乗る猫は、オシオとゴマで、イリタは時々。マメちゃんは膝に乗れない猫だった。人間の上に乗るってことをあんまりしない猫だった。たぶん、足元が不安定なのが苦手なんだと思う。

マメはよく目線を合わせてくる猫で、だからよく机の上に載って、目線の高さを合わせてくる。じっと手を前に揃えて、こっちに目線を向けてくる猫です。ここらへん犬っぽいなってよく思う、犬を飼ったことはないけれども。

告知:11月23日文学フリマ参加します。

11月23日に開催される文学フリマに参加します。
場所は東京流通センター第二展示場。
カー4 みかんの星です。会場の2階になります。


持っていくものとしては既刊の
orangestarの雑記系の

  • はてな村奇譚 上
  • はてな村奇譚 下
  • 猫を殺す仕事
  • りちょうとえんさん
  • ここは悪いインターネットですね2(今年の夏に出した本です)
  • 怪物は夢をみない

などです。

801ちゃん系の本は

  • となりの801ちゃん 未収録作品集 6種
  • 妊娠出産本、胎動編 発動編
  • こじまやおいくじ1,2巻
  • 猫とゆりかご
  • ファイト!頑張れオルガマリー、嫁とFGOと私の話です。
  • となりのオシオさん

を持っていきます。
となりのオシオさんは、今年の3月に亡くなった猫、オシオとの思い出をつづった本です。


以上、よろしくお願いします。



怪物は夢を見ない

怪物は夢を見ない

マメのこと②_日常エッセイと思い出のこと

orangestar.hatenadiary.jp


今日、家族全員で出る用事があって帰ってきたら、いつものように居間のテーブルの上にマメがちょんと座って「おかえり?どこいってたの?」みたいな顔をしていたので、いつもみたいに「ただいまめちゃ」っていってマメの頭をなでたりした。

思えば、マメはお出迎えをする猫で、家に帰ってきたら必ず玄関先にいたし(いるし)そのたびに、「ただいまめちゃ」っていうのが習慣になってた。大体人間の近くにいる猫なので、いま、キーボードを打っているこのモニターの隣でぼんやりと寝っ転がってます。たくさん人間がいるとそっちの方に行って「なにかたのしいことしてる?」みたいな感じで覗き込んでくるし、子どもたちがふたり一緒に何かしてたら必ず来て、一緒に遊んでるみたいになってる。今日も、長男と次男が、トーマスのおもちゃで二人で遊んでいたらそばに寄ってきて「なにしてるの?」って感じで、ふたりに鼻つんつんしてた。猫挨拶。猫は、出会い頭に鼻を突っつき合わせて挨拶する。その後、やっぱりいつもみたいに、次男にトーマスのレールにされかけてテッテコ逃げて行ったけど。

うちで、一番ホストする猫は、いまはもういなくなってしまったオシオで、イケメンの郵便配達員がくると必ず玄関先まで行っていた。(足音でイケメンかどうか分かるらしい)お客さんが止まりに来ると積極的に膝の上に載って撫でさせていたし。(それ以上に尻を叩けとねだっていた)マメちゃんはその次にホストする猫で。とにかく全身から「人間が好き!」っていうのを出している猫で。人がくると、グルグルとものすごい大きな音を立てて、目を見てくるタイプの猫だった。「スキ!」「スキ!」っていうメッセージ。


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マメちゃん開封の儀の写真。2008年12月30日。


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マメちゃんが初めてうちに来た頃。


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仕事を邪魔するマメとイリ


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上の写真と同じころ。ゴマと、まだ元気だったオシオ


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毛玉を飲み込んでしまって手術したとき


昨日から、自分も嫁もちょっと元気がなくて(表面上は元気にしてても沈んでて)そうするとマメちゃんがやってきて「どうしたんですか?げんきないですか?マメちゃんは元気ですよ?」って感じでいつも元気ない時みたいによってきて元気づけようとするので、それがなんか、マメちゃんだなあって思って。

自分は、となりの801ちゃんみたいな漫画を描いていますけれども、日常エッセイ漫画が苦手。日常エッセイ漫画というか、ドキュメンタリーとかそういうジャンルの話になるのかもしれないですけれども。だってエッセイ漫画って嘘じゃないですか。日常って実際意味も無くて、連続はしているけれども意味の連続性も因果もなくて、物語性のない出来事とも言えないことの積み重ねが日常じゃないですか。それが日常エッセイとして漫画にしたりしたときにそれは物語になるし、悪かったことや辛かったことも、のちに起こる良いことのための因果の一部になってとして語られるし、その「パッケージされた一つの流れ」の外にあるこまごまとした出来事は”無かったこと、あるべきではないこと”として排除されるし、語ることのできる辛い出来事は、それも楽しい思い出っていう形に変換されてやっぱり物語の中に回収されていく。

そういう風に上書きしていくことによって、“本当にある何でもない日常”っていうのが物語になって行ってしまって、でも自分は、それがその出来事や思い出に対して、誠意が無いって、そう思ってた。でも、それは、誠意とかそういう話ではなくて、日常のいいところだけ切り取ったりするエッセイ漫画は嘘とかそういうものではなくて。

エッセイ漫画と思い出って、すごい似てる。思い出は、どんどん思い出補正がかかって、それに付随するエピソードがどんどんかかわりを持った話になって行って、自分でも気が付かないうちに物語にしてる。存在するか分からない相手の感情とかも忖度して、一つの物語になってく。

そうしてないとどんどん色んな事を忘れて行ってしまう。記憶や思い出をそういう風にして、留めて行かないととどまらないから、そうやって思い出して、出来事を嘘にして、いいことだけ切り取ってアルバムにしてくのがエッセイとかエッセイ漫画なんだなって、なんかそういうのを考えてた。

ずっと、オシオの話とか、いまの、猫と子どもとの生活とか。そういう漫画が描けなかった。自分の中の”これは自分の中の「本当の出来事」を創作という行為で上書きしてしまう行為”だと思っていて。でも、そういうものを書いていこうって思った。色んな事は忘れてしまうし、どうしたって出来事はそんな風にしか覚えていられないものだから。



「今年の正月は実家にちょっと長めに帰る予定だったけれども、すこし短めにする」という電話をさっき嫁がしていた。嫁の母も、一回こちらにとまったときにマメちゃに会っていて、そのとき、一晩中枕元で「すき~人間がすき~」って感じでずっとゴロゴロ言われていた。(マメのゴロゴロはものすごく大きい)(うるさすぎて夜眠れないほど)(だからマメが枕元でゴロゴロいっていると人間は布団を頭からかぶって寝ることになる)

マメちゃんは少し猫喘息があって、よくゴヒュゴヒュとせき込むんだけど、その原因が、カゴや衣装ケースのフチに喉を乗せて、のどが圧迫される形で寝てるからで、身体をまっすぐにしてやると治まるんだけれども、自分でなんで咳が出るか分かってないから姿勢を直してやって咳が収まる度に「あれ?楽になりました。なんででしょう?」みたいな顔をする。(だからいつもそのたびアホアホまめちゃって呼んでた)それが続くと慢性的な喘息になると言われていたから咳をするたびに移動させてやっていた。

だからもし、介護することになったら、そっちの咳とか喘息の方が先かもとか思ってたんだけれどもなあ。

何時、子どもに話そうかっていう話を嫁としていて。ある一定以上、体重が減ったら(3.5kg)話そう、っていうことにした。それまでは、普通の日常として息子らにもマメにも暮らさせてあげようと思って。あと、これから、今まで避けていたけれども、オシオの話をしていこうと思って。思い出話とか、今、どうしてるとか、天国とかの話とか。嫁は、まだ、オシオのことを思い出すのが辛くて、嫁が一番話をできないのだけれども。
今日、お風呂でオシオどうしてると思うとかそういう話をしようとしたら「わかんない」って言われて少し困った顔をしたので、やっぱりまだ、長男はオシオのこと複雑なのだと思う。オシオが最後にいた動物病院の前を通ったら「オシオ、いま、ちゃんと寝てるかなあ?」って言ったりもする。

子どもとか、他の猫のこともあるので大人がしっかりしないとなって思った。










オシオのこと。オシオが今、どうしてるのかを説明するために絵本を書くのはどうだろうって思って、お話を考えたんだけれども、子どもに見せる絵本ではない感じのお話になってしまった。
オシオは、お葬式が終わった後、天国みたいなところに行って「さあ、そろそろ次は人間ね?」って思ったんだけれども「まだ、徳がたまってないからまた猫ですよ」って言われて怒ったオシオがその、天国と現世の間に猫喫茶を開くっていうお話。猫喫茶だけど、夜になるとお酒が出るタイプの店(スナック)。
そこに、恋愛に疲れた人とかが相談に来たりして益体もない返事をしたり、客に対して文句をいったり、イケメン連れてきなさいよ!って言っておこったり、他、やってくる他の猫に、カリカリを振る舞ったりする。
ちなみに嫁の友だちの婚活失敗話が一番好きだったオシオは立ち上がるのも辛くなってからも婚活失敗話には首をもたげて目を輝かせていたので筋金入りだと思う。
他にも嫁の腐女子友だちが集まって萌え話をしているときは心の底から馬鹿にした感じでわざわざため息をつきにいったりしていた。(嫁はオシオは腐女子を全く理解できないBL地雷の夢女子タイプだからと言っていた)
ただ絵本にするにあたってオシオが生前相談に乗っていた恋愛相談が、不倫っぽい話だったり、婚活だったり、シビアなのが多くて、とても子どもに見せるタイプの絵本に仕上がらないのでボツ!